ナナサキはいつもハダシ [08/08]

「――先輩……」
「うん?」
「そりゃ……、私、言いましたよ……? 『構いません』って……」
「うん」
「それは、えぇ、本心でしたけど……」
「うん」
「――実をいうと、『そう言ったら先輩、喜んでくれるだろうなぁ』みたいな気持ち、ちょっとあったりはしましたけど……」
「うんうん」
「……」
「それで?」

「でも、先輩……、いくら何でも、喜びすぎじゃないですか?」

「そう?」
「そうです。顔、ゆるゆるです」
「そうかな」
「そうです。――そこまでゆるゆるになられると……、かえって何だか……、困る、っていうか……」
「なるほど」
「はい……」
「じゃあ」
「――はい?」

「キリッ」

「……」
「……」
「――それって、あと何秒くらい保ちます?」
「すでに、わりと、厳しい」
「ですよね……、ぷるぷる震えてますもんね……」
「もう、やめて、いい?」
「……やってくださいと言った覚え、ないです」
「――ふぅ……、あぁ疲れた」
「はぁ……」
「はははっ」
「――先輩、本当にご機嫌ですね」
「うん」
「……ですから。素直にうなずかないでください、ってば」
「そう言われてもなぁ……、難しいよ」
「どうして」

「『どうして』って……、――放課後は逢とドーナツ食べに行って、明日は逢と水着を見に行って、日曜には逢とプールなんだよ?」

「――また、ひとの名前、連呼して……」
「さらに陽差しは暖かい。空には雲ひとつない。サンドイッチは美味しかったし、おなかはいっぱいで、逢と手をつないでる――」
「いろいろ並べましたね……」
「これを、喜ぶな、と言われても、ね……、無理だって。どうしたって機嫌、良くなるって。テンション上がるって」
「――またそれですか、『テンション』……、結局、ずっと上がりっぱなしじゃないですか」

「なら訊くけど……、逢は上がらない?」

「――う……」
「どう?」
「それは……」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……」

「……あ、上がらないわけ、ないじゃないですか……」

「ははっ」
「当たり前じゃないですか、そんなのっ。私だってどきどきしてますっ、わくわくしてますっ」
「おぉう。逢が開き直った」
「私だってデート、楽しみですっ」
「逢、顔真っ赤」
「先輩より楽しみにしてるくらいかもっ」
「――待った……、それは聞き捨てならないな。僕の方が絶対、楽しみにしてる」
「いいえ。そんなことはありません。私、すっごく楽しみですから。だから私の方が上です」
「いやいや」
「いえいえ」
「……」
「……」

「いやいやいや」
「いえいえいえ」
「……」
「……」

「いや、やっぱり……、僕の方が」
「いいえ、私の方です」
「……」
「……」

「――なぁ、逢」
「何ですか?」
「僕たち何を――、何で争ってるんだ?」

「それは……、たぶん」

「あれ、分かるんだ。理由」
「はい」
「――『たぶん』?」

「たぶん、こうでもしてないと、いても立ってもいられないから……、ですね」

「……なんか、聞いたような話」
「ふふっ。――さっきの先輩の気持ち、ちょっと分かりました」
「ははっ。――良かったら、穴、掘りに行く? 僕がさっき掘って埋めたところなら、まだ土、柔らかいよ」
「あ、いいですね」
「……」
「……」

「冗談、だよね?」
「もちろんです」
「……」

「――あ、でも」
「?」

「いても立ってもいられないとか、さっきの先輩の気持ちが分かるとか、そのあたりは本当ですから」

「――そっか」
「はい。――すごく楽しみなのは、本当ですから……」
「そっか……」
「はい」
「……」
「……」

「――昨日も言ったけどさ」

「?」
「こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くに提案しておけば良かったよ」
「先輩……」
「本当、そう思う」
「――そんな風に言われたら……、余計に嬉しくなっちゃうじゃないですか」
「うん。実はそれが狙い」
「もう……、先輩ずるいです」
「ははっ」
「ふふっ」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――ね、先輩……?」
「ん……?」

「こっちの……、空いてる方の手も、つなぎません?」

「並んで座ってて? それ、無理がない?」
「ちょっと横を……、おたがい内側を向けばいいだけです。向かい合えば」
「それは……、そうだけど。――こう?」
「ふふっ。――ありがとうございます」
「で……、手を?」
「はい」
「じゃあ……、はい」
「はい。つないじゃいました」
「……」
「ふふっ」
「……」
「……」
「……」

「先、輩……」
「何……?」
「いいえ、何でも。――ふふっ」

「……」
「……」
「……」
「……」

「あのさ……、逢?」
「はい」
「キスしたい」

「……直球で来ましたね」
「こんなシチュエーション……、誰だって直球、投げる」
「――そうかも……、しれませんね。誰だって……」
「……」
「……」

「逢も……、投げる?」
「私は……、どちらかというと」
「?」
「投げられたのを、受けとる方じゃないかな……、って……」
「……」
「……」

「今のって……、つまり、許可?」

「クスッ」
「何?」
「変ですね、先輩」
「『変』?」
「どうしたんですか? 今日に限って……、いつもだったら、ダメって言っても、強引にしてくるのに」
「え……、そ、そう?」
「そうです」
「うー……、ん……、本当にダメっぽい時は、退いてるつもりだったけど……」
「あ。それはそうですね」
「……」
「……」
「――からかわれてる気がする」
「さて、どうでしょうね?」
「……」
「……」
「――……逢こそ」
「はい?」
「どうしたの、今日は……」
「気分です」
「『気分』」
「私にだって、今日は私の方から……、って思うことくらい、あります……」
「!」
「驚かないでください……、ありますよ、私にだって……、そのくらい……」
「……」
「……」
「――じゃあ……、僕もそれ」
「『それ』?」
「僕にだって、してもいいのかなぁ、って疑問に思うことくらい、ある……」

「ダメです」

「――『ダメ』?」
「真似はダメです。同じような答はダメ」
「ええー」
「それから」
「――?」

「こんな時に慎重になるのも、ダメです」

「……」
「……」

「逢」
「はい」
「――するよ?」
「はい……」
「……!」
「驚かないでください、ってば」
「いや……、やっぱり、どきっ、と来るって……、こんな間近で、あらためてはっきり肯定されちゃ、どうしても……」
「もう……、――そんなに動揺されると……」
「『されると』……?」

「何だか我にかえっちゃって……、今になって、恥ずかしくなってきちゃったじゃないですか」

「――はは……、逢、顔、真っ赤だ」
「う……」
「すごいよ。明らかに赤い」
「先輩の、馬鹿」
「――横向いても無駄だよ。なんか耳も……、それに首まで赤い」
「う……、わ、私」
「何?」
「逃げます」
「どうやって? 手、つないでる。両手」
「離してください」
「離さない」
「うー」
「ははっ」
「――先輩……、生き生きしてきましたね」
「慎重になってる場合じゃないからね」
「わ。当てつけですか、それ」
「どうかな」
「……ふふっ」
「……」
「……」
「……」
「……」

「……逢」
「――はい……、先輩」
「……」
「……」
「……」

「――あ、先輩、ちょっと待って」
「ん?」
「す、少しだけですからね?」
「難しい注文」
「ダメです、ちょっとだけです……、周りにひと、いるんですから」
「いないよ……、誰も。ふたりきり。だから大丈夫――」
「……」
「……」
「……」

「――あのさ、逢」
「はい……」
「僕、すごいことに気がついた」
「先輩も、ですか……」
「逢も?」
「はい……」
「……」
「……」

「ふたりきり、なんだね……、今……」
「人影、ありませんね……、全然……」
「……」
「……」

「昼休み、とっくに終わってるみたいだ……」
「午後の授業……」
「……」
「……」

「昼休みといえば、さ……」
「はい……?」
「さっきまで、昼休みだったわけだ」
「それが……?」

「いや、ひと、たくさんいたんだろうなぁ、って」

「……」
「今はいないけど、さっきまでは……」
「……」
「……」

「それって……」
「うん……、僕たちの相談って、丸聞こえだったんだろうなぁ、的な……」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――先輩……」
「うん……?」

「行きたいところ、たった今、増えたんですけど……、言ってもいいですか?」

「もちろん。――どこかな?」
「校舎裏に……、今すぐにでも……」
「……」
「……」

「穴……、掘る?」
「はい……、大きいのを」
「大きいって、どのくらい?」
「ふたりで入れるくらい……」
                            (了)

                           あとがき