駆逐艦娘・叢雲にまさかの改二である。
「まさか」も何も、改二来い来い来るべき来ないのはおかしいって主張してきたの君じゃないか、ってツッコまれるとそれは確かにそうなんだけど、えぇ、だって叢雲って素晴らしい娘じゃないですかツンツン偉そうなのは伊達じゃなくて。努力や向上心の裏打ちがあって。うちの彼女なんてそれをこじらせて(?)目覚めちゃいましたからねオシオキ(される方)とか、シナリオを用意しキャラクタになりきって興ずる本格的なごっこ遊び(イメージプレイというと生々しいので微笑ましく換言)とかに。彼女ときたら「強制される」のがお気に入りで、「しれいかんの(褒めちぎり讃え畏れる形容・多大なる誇張を添えて)なさんそぎょらいをむらくもの(発展途上なりに興奮状態にあることを語彙力のおよぶ限り細かくていねいかつ扇情的に表現・どことなく卑下する風味)なぎょらいかんにそうてんしてください」なんて台詞を、ここから少々ややこしいんだけど、僕が彼女をして口にせしめるようにおねだりしてくれたり(簡単にいうと恥ずかしいコトを言わされるのも叢雲なら、言いたがっているのも叢雲)するんです。
「その理屈はおかしい」?
「意味が分からない」?
「いち段落に詰め込みすぎ」?
三つめに関してはすっぱりあきらめていただくとして、それ以外の疑問のある方は『Mは叢雲のM』に始まるシリーズをどうぞ。ネット上にも公開済みです。なんと一日少しずつ読むだけで彼女の覚醒のきっかけ・それでどうなったか・どんなコトをしたか・ケッコンカッコカリ・その一周年記念日についに挑んでしまったコトなどがガンガン身につきますイヤというほど。やめといた方がいいかもしれない。
ノルマという名のあらすじに偽装した警告の皮をかぶった宣伝を逆説的にこなしつつ……。
そんな僕ですけども。
実現となれば、やっぱり話は別ですよ。
「まさか」ですよ。
というわけでその、「まさか」の当日である。
本日、四月十日。
叢雲改二、実装の日。
鎮守府、工廠。
改装室――、
必要に応じ、工廠の一部を丈の長いカーテンで区切って造られる暫定的小空間で、学校の保健室のベッド周辺を想像するとだいたい合っているのだが、それを臨む場所で。
閉ざされたカーテンの向こうへ、彼女を送った立ち位置のままで。
僕は待っている。
新たなる叢雲の登場を。
――「登場を」というか。
とっくに、彼女。
カーテンとカーテンの合わせ目のところから顔だけを、出していたりはするのだけれど。
◇
叢雲はにっこにこである。
満面、屈託なく輝いている。
(良かった……)
そう思う。心底思う。
彼女的に満足のいくアップデートだったに違いない、というのがひとつ。この分だとかなりの結果のようだ。楽しみである。
でも、何よりそれ以上に――、
もうひとつ。
(昨日の叢雲は、大変だったから……)
このことだ。
実は。
改二の件は充分に確からしい、となってからこっち、連日ストップ高だった彼女のテンションが突如、大暴落しているのである。
ここにきてようやく実感が湧き、不安を覚えたものか……。
叢雲、ほとんど怯えていた。
「改二になるのが、怖い?」
訊いてみる。
それは違うわ、と彼女は首を振った。
「ずっと願ってたことだもの。私の、改二――、今回の話は本当に嬉しかった。私、喜んでいたでしょう?」
「そうだね」
何しろストップ高だった。
そして、
それは、僕もそうだったのだ。
――だから、なのか?
「僕の期待が、重い?」
「それも、違うわ」
彼女は再度否定する。「期待されるのは嬉しい。力を認められてる、信頼されてるってことだから」
「君は、うちの旗艦だよ」
肯定する。
ありがとう、と彼女は微笑んで、
――見ているこちらがつらい系の、寂しげな表情。
みたび首を振る。諭すように。
「そうじゃなくて……、そういうことじゃないのよ」
ただ、怖いの。
何となく。
理由もなく。
実体のない脅威にうちふるえる彼女のため、僕にできることは数えるほどしかなかった。
縮んでしまったような彼女を抱いたり、といっても比喩的な意味の「抱く」ではなく文字通りの意味の「抱く」、それも「抱きしめる」でもなく覆いかぶさり包む感じの「抱く」であったり、そうしながらゆっくり髪をさらり、さらりとなでたり、心臓の鼓動のリズムで背中をぽん、ぽんとたたいたり、所在なげにしている手を見つけてぎゅっと握ったり、うつむいて顔を見せない彼女の頭に唇をふ、と押し当てたり、そのくらいしか。
そして。
そんな些細な慰めでさえ、叢雲には欠くべからざる様子だったのである。
ガチの不調――、
シャレにならないやつ。
弱ってる彼女もこれはこれで、なんて言っていられないやつ。
そうだったのが、
「♪」
こうなったのだ。
(良かった……)
これよ。本っ当に。
◇
カーテンに隠れてうきうきとつま先立ちしていそうな叢雲に手を伸ばし、ほっぺたに添える。
彼女は顔を半ば預けてきた。
手のひらに、温かく柔らかい重み。
「叢雲」
呼びかける。
「――」
彼女ののどが、かすかに鳴った。
返事なのだろう。
続ける。
「そこから、そろそろ出て来てほしいな」
叢雲は、
「……」
ひと懐っこい猫みたいに目を細め、僕の手のひらにすりすりするばかりだった。
(もしかして、これ……)
焦らされているんだろうか、僕。
彼女に、新しい属性の開花?
小悪魔属性とか、そういうの。
改二になったことで。
(フムン……)
叢雲といえばこれまで、平時はツンツン過ぎて逆に素直、ふたりきりになると気がゆるんで「語るに落ちる」的素直、トロけてきたら直球の素直で、トロけきったら一人称が「むらくも」(自分の名前、かつ発音がひらがなである点にご留意いただきたい)になってしまうのに象徴される甘えん坊で幼児退行(スキンシップ大好き)な素直と、
(叢雲の大部分は素直さでできています……)
こうだったのになぁ。
そんな彼女に、小悪魔属性。
(なるほど……)
これが、改二か。
――としみじみ納得していたのだが、結論からいうとこれはひとり合点。僕の勇み足でした。
まぁ、順番にみていこう。
「ね? 司令官?」
「ん……?」
「この状況……、似てるわね、少し」
ふと口を開いた叢雲は、何やら類似説を提唱した。
「……」
うなずきようがない。
何と似ているのか、そもそもどういう脈絡なのか。
「『似てる』……、って?」
問い返す。
「ほら……、その。えぇと……、よ、よくあるじゃないっ。で、デートで……っ」
叢雲は切れ切れに説明を始め、
「『デート』」
何気なく相づちを打ったら、
「でででデートっ!?」
いきなりすっとんきょうな反応を示した。
「君が言ったんだよ」
「そ、そうだけどっ」
口をとがらせる彼女である。
思うに――、
叢雲にとって「デート」とはとても素敵で大切で、その言葉を口にするのも、耳にするのも、心臓に甘い負担のかかる事柄なのだ。
この「少女」力――、否。
ド「少女」力。
アブノーマルな覚醒に至って、なお……。
何というギャップ。
(だが、それがいい……)
踏み荒らすまい、と思う。
「『よくある』……?」
クリティカルなワードを避け、話を戻す。
「――」
彼女は何かを言いかけた。
しかし止めてしまう。
迷い、ためらい、
目じりのあたりを、ほんのり染めている。
(これは……)
予兆だ。
ごっこ遊びの提案の。
いつも、見てから被弾余裕でしたってなる、アレだ。視認できてるなら避けろよ。避けるものか。
いっそもらいにいく。
「いいよ」
「――!」
「言ってみ」
でないと叢雲、困り続けるから。
――それはそれで見守りたい姿ではあるけど。あぁ、余裕があるって最高だなぁ!
それはともかく。
「み……っ」
開き直る勢いで彼女の発した言葉は、
「水着っ」
だった。
「『水着』」
まだ分からない。
「水着っ。水着とか買いに行ってっ。試着とかするっ」
「――あぁ」
やっと、腑に落ちる。
言われてみれば……、
そっくりのシチュエーション。
カーテンを挟んで、あちらとこちら。
新しい姿の彼女と、お披露目を待つ僕。
「そうだね。それだ」
「でしょうっ?」
叢雲の機嫌が、ますます上向く。
共感してそんなふうにされたら、僕まで嬉しくなってくるじゃないか。
笑みがこぼれる。
叢雲も笑う。
(それにしても……)
小悪魔属性とかでは、なかったか。
単に夢想していただけ。
新しいごっこ遊びの、ヒントを得て。
(昨日までの叢雲と、変わらないな……)
まぁ、そりゃそうか。
別人になってしまうわけではないのだ。
――ここでまた結論からいうと(どうも急いで核心に触れようとしてしまうなぁ……)、今度こそ僕は思い知らされることになります。
高をくくったのもつかの間……、
そんなことはないのだ、と。
改二とは、やはり違うものなのだ、と。
「そのうちやってみようか、それ」
叢雲が夢想したということは、興味がある・試したいということにほかならない。僕は自らもらいにいく。例によって。
ところが。
彼女の回答は、例によらなかったのである。
「どっちを……?」
◇
「『どっちを』?」
選択肢を用意した覚えはなかった。
いったいどんなオプションが、叢雲には見えたのか。
面食らっていると、だから、と彼女は言う。
「その……、執務室で『試着室ごっこ』をするのかしら、それとも本当にお買い物に行って……、なのかしら、って」
「――!」
僕は慄然とした。
か……、
改二になると、ごっこ遊びでは満足しなくなるのか?
模様替え機能を利用しての教室ごっこや体育倉庫ごっこや保健室ごっこやお医者さんごっこや電車ごっこや公園ごっこや露天風呂ごっこでは――、
余計なことを口走った気はしつつ、
「リアルに、やってみたいの?」
つい打診してしまう。無意識の好奇心。
そうしたら、
「む……、無理っ! 無理むりむりむりっ」
ものすごい勢いで否定されました。
「……」
な……、
なーんだ、ダミー……?
ルート分岐に見せかけて一本道っていう、あれ……?
胸をなで下ろす。
キャパシティが増え、それで仮想現実ではフルチャージが厳しくなったわけではなかったか……。
決して残念がってなどいません。
――などと言っている場合ではなかった。
「まだ無理っ」
続きがあったのである。
「……」
いや、「まだ」て。そんな。
現状フィクションである・だが将来的には定かではない、みたいな。
(なるほど……)
これが、改二か!
違うな!
ともあれ。
リアルでの選択肢は(少なくとも今は)消えた。
「じゃあ、『ごっこ』の方で」
そこで言わずもがなの確認を、あえて行う。
わざわざ明示的にしたのは、
「――そ、そっちでっ」
照れ照れおずおず、小さく不明瞭でも肯定する彼女を見るため(嬉しいというか可愛いというかくすぐったいというか!)というのも、もちろんあるが、
「というか」
「?」
「ここでやってみたらいいんじゃないかな」
最大の目的は、この爆弾を投下するためだった。
というのも――、
時々でいいから、思い出してあげてください。
オアズケ、喰らってるままなんですよ僕。
待望の叢雲改二に、出て来る気配が微塵もない。
もう限界なんです強行策だ!
「え――」
彼女はきょとんとし、
「えぇっ?」
目を見開いた。
「『そのうち』とは言ったけど、先送りにすることもないんじゃないかなー、と」
舞台もちょうど、整っていることだし。
役者も、水着ではないがそれに匹敵する衣装も、大道具も。
「で……、でもっ。でもでもっ」
カーテンレールが、がしゃがしゃ鳴る。
あわわわわっ、となった彼女がカーテンをつかんだまま、ジタバタしているのだ。
子どもみたいな、やるせなさの解消法。
無論、僕は注意する。
「『叢雲?』」
「!」
「『騒ぐと、他のお客さんが変に思うよ?』」
ただしいかにもな台詞で、いかにも台詞っぽく。
退路をふさぐためだ。
「な、なんか始まってるしっ」
そう――、
お芝居の幕は、上がったが最後。
フィナーレまで下りはしない。
「始まってるよ。ほら叢雲も」
「ほ、本当にっ? 本当にするのっ? い、今しちゃうのっ?」
「ほらほら」
「え、えぇと……っ、えぇとえぇとっ、『だ、ダメよっ。こんなところでっ』」
押しに弱く、ノリはいいのが叢雲である。
すでに楽しむモードの顔だ。
振りまかれる、ウェルカム感ガン積みの「ダメ」。
それを身体じゅうに受け止めながら、僕は詰め寄る。
「『大丈夫。君さえ声をあげなければ』」
当然、いかにもな無茶振りとともに、だ。
「きゃー」
叢雲……、
それじゃ歓声だよ。
要・演技指導な黄色い悲鳴をあげ、カーテンから首を引っ込めて彼女は、改装室の中へと逃げる。
僕もあとを追う。
◇
カーテンをかき分け、境界を越えて、そこでとうとう目にした叢雲改二は――、否。
「我慢できなくなったあんたに、捕まっちゃった私は……、これからどうなるのかしらっ」
「『どうなる』というなら――、想像以上のことになる」
「っ♪」
五感、総動員で「試食」した(食べても食べても、食べ尽くせなかった!)叢雲改二は。
たいへん美味にございました。
◇
彼女曰く、
「改二になった途端、難しい海域に単艦、放り出されるって話はよく聞くけど……」
工廠を一歩も出ないうちから中破させられるなんてっ。
内容だけ聞けばクレーム、しかしその口調は完全に、自信のあるジョークを発表する時のそれであった。
ちなみに「中破」といっても艤装が壊れたりはしていない。着衣がやや乱れている程度である。下着ごと、太ももの半分あたりまで下げられていた黒のパンティストッキングとか、白くすべすべできゅっと小振りに丸く張ったおしりが全開になるほどにたくし上げられていたスカートとか、ひとまず直されている。
ここでチェックしておきたいのが、改装室にはシャワーなんかないことである。
えぇ。こちら後始末なしにつけさせるプレイになります。
見えないところはエラいコトになりながら(これはほんの一例だが、狙いをわざと、黒ストの器に納まって輝くような下着のクロッチ部分に定めるパターン、からの、それをそのまま穿かせた上に布地ごとぷにぷにのお肉を揉み込み、食い込ませるコンボがクリーンヒットしている。性的な意味で嬉々としつつの「ぐちゅっていったぁ……」が叢雲の感想だった)、彼女は朗らかだった。
だから僕も、ふつうに返したのだ。
「なら、お風呂行かないと」
気づいたのは口にした後である。
(おかわりの所望っぽくないか、これ……)
一緒に入ろう、と。
入るだけでは済むまいぞ、と。
誓って、そんな意図はなかった。
「中破」といえば「入渠」。習慣的な連想。それだけだった。
しかし、果たして――、
叢雲ははっと顔をあげ、
ぽっと頬を染め、
すっと視線を外し、
「ま……、まだ、するの?」
もじもじっとひざをひざとをすり合わせ、
ふるっと小さく、細い腰をくねらせ、
ぬぢゅっと濃く粘った水音は幻聴か、
ちらちらっとこちらを見たり見なかったり、
「あ、あんたがもの足りないなら……っ、その、し、仕方ないし……っ、わ、私は別にぜんぜんっ、そんなコトないんだけど……っ」
どう見ても、「おかわり」と受け取っていて、
どう見ても、とっても前向きでした。
頭のアレの発光具合(強烈にピンク!)たるや。
挙動(ぴっこぴこ!)たるや。
(そんな全力な迎撃態勢、見せられたら……)
なかったはずの他意が湧き出し、沸き立つのも自然現象・生理現象というものであった。
「よし」
叢雲の腰に手を回す。
「きゃ」
それだけで彼女はふらついた。
芯が抜けてしまっているようだった。
抱き寄せ、支え、
歩き出す。
「な、なんかっ、強引っ?」
あたふたと僕にしがみつく叢雲に、
「ちょっと手加減できない感じ」
そう答えて。
すると彼女は、入渠はこれからだというのに茹で上がり、
「た、大破させられそう……っ」
つぶやくのだ。
弾んだ声で。
「そうなっても、お風呂だから大丈夫」
「そ、そうかしらっ」
「ゆっくり浸かって元通り」
「し、ししし『しっぽり』っ?」
「……」
いや、「しっぽり」て。そんな。
さすがに言ってないよ叢雲。
(なるほど……)
これが、改二か!
違うな!
とんでもない空耳性能。
(了)