桐乃ン家のリビングで、あたしと桐乃とあやせの三人でお風呂あがり、扇風機の風浴びたりドライヤーの争奪戦したりしてたら、
――ずずずじゃっ。
玄関の方から、カギがカギ穴に刺さる音がした。
それはなんか、みょーに大きく響いて、ドライヤーがごぁーっつってる中でもよく聞こえた。
びくって動きを止めて、ついでにあたしはドライヤーも止めて、みんなで顔を見合わせる。
――誰か帰ってきた。
そーゆー、緊張したフンイキになる。
「誰か」も何も、そんなの限られるし、誰だったとしても別に怖がるよーなコトじゃねーんだけどな。それでもな。
様子見てると、がちゃって音もして、ぐぉって空気動いて、玄関のドアが開いた感じがして、
「ただいまー」
それは京介の声だった。
あたしたちは――、
そろってため息。いつの間にか息止めてた。
「兄貴かぁ」
そンで桐乃が席を立って、あやせはまた、びくってした。
たぶん、桐乃が立ったせいじゃなくて、京介が帰ってきたって思ったせい。腕で体隠そーとしてるし。無理ねーけど。着てんのキャミとかじゃ、そりゃ恥ずかしーべ。
けど。
そこまでビビんなくてもよくね?、とも思う。
じーしきかじょーかよ。
そんなコト思ってたらチョップ飛んできた。
何で分かった痛てて。
「ちょっと見てくるね」
あたしがチョップもらってるのは気にしてねー感じで、桐乃は部屋を出て行く少しくらい心配してくれ。それともとっくに見飽きた風景とかそーゆーコトなのか。マヒしてんのか。そんなあたしあやせにチョップされまくってるのかされまくってるなー否定できねー。
そのあやせだけど、あの桐乃大好きも、ここはついてこーとはしなかった。ソファーでちぢこまってる。小動物か。「小動物」て。あのあやせが小動物。猛獣じゃなくて小動物。ひひひ。
そんなコト思ってたらチョップ飛んできた。
だから何で分かった痛てててさっきのより痛ぇぞ。
けど、痛がってる場合じゃねー。
どーするか、早く決めねーと。
玄関で京介、お出迎え。
ちょっとやってみてーもん。
でも――、
あたしだって、ひとのコト言えねーカッコだしなー。
京介は喜ぶだろーけど? きひひ。
○
○
○
今日は桐乃とあやせと一緒に帰って、甘いもんいっぱい食ってカラオケいっぱい歌うことになってた。ひさびさの三人ともオフ、つーワケで、けっこー前からの約束。すげー楽しみにしてた。どっちも大好きだしな。
――や、京介のことだって大好きだよ?
でもそれとは別腹。
違うか。ケーキとかの方が別腹かな。
でカラオケは、また違う別腹。
加奈子のおなかには入るとこたくさんあんの。
――って、なんか変な意味に聞こえるなコレ。
それとも、そー聞こえる方が変なのか?
つまり、変なのは加奈子か?
うーん……。
もしそーだとしたら原因、絶対京介だよなー。あいつに加奈子、変なふうに変えられちまった。何つーか、エロいコト(それも、ちょっとソレはどーなのよ?、みてーな方向性のやつ)に、あんまし抵抗ねー感じに。
あいつめ……。
でもなー。
うへー京介こんなん好きなのかよー、って思うと面白くなっちまうんだよなー。
そンでつい、つきあっちまう。しょーがーねーなー、こんなコトどこで覚えてくんのヨ?、ってさ。
何つーんだっけこーゆーの。
えーと……、
あ、「調教」だ。
そーそーそれそれちょーきょー。
あースッキリしたちょーきょー。
そっかー。加奈子、京介にちょーきょーされちゃったのかー。
……。
取れよ? セ・キ・ニ・ン。
――なんてな。うひひ。
こんな感じで京介とらぶらぶになってもーだいぶになって、それでもまだまだ全然っつーかむしろ前よりらぶらぶでやべーくらい(ひひひ)だけど、だからっつって人生みんな京介ばっかになったりはしなくて、ダチもちゃんと大事だ。ダチと遊びてーってことはふつーにあるし、京介とはできねー話ってあるしな。
つっても別に、実はカレシにも言えねー秘密があるとか、そーゆー深ぇ意味はねーのよ? 単に、服の話とか、食いもんの話とか、仕事の細けー打ち合わせみてーな話とかは、あいつもぶっちゃけそんな興味ねーよな、つーだけ。話せば聞いてはくれるだろーけどさ。
あと、京介とデートした話とか、京介かっけーっつー話とか、京介優しーっつー話とか、京介京介きょーすけっつー話とかは、本人に言ってもしゃーねーしな。照れるだけだべおたがい。たまにだったらそーゆーのも恥ずかしくて、逆に良さそーだけど。よし今度やろー。
そーじゃなくて。
基本、ダチに語るもんだ、ノロケ話は。
ダチのうんざり顔が楽しーんだから。
ちなみに実際語ると、たいてー途中であやせのチョップが飛んできたり、ひじが入ったり、足踏まれたりして、半分も語れねーで終わる。踏むっつっても足乗せてぎゅーっとかそーゆーいちおーまだ可愛げあるやつじゃなくて、細いヒールでぐぅりぐぅり踏みにじるっつー鬼のよーなやつですアレは痛かった死ぬかと思った。
ま、その後、
――うひひひひひひひひ。
京介に見てもらっちまったりすんだけどな!
そーいや、知ってる?
足の親指ってさ、キスされるとすげーくすぐってーの。
あたしは、「あやせに踏まれて痛いのー」って京介に甘えた夜(夜よ、夜。にひひ)に知りました。
足の爪先、突きつけてさ。
その段階ではまだ、うわー何コレやべーエローい、つーかご主人さまと家来?、とかニヤニヤしてられたんだけど。なんかあいつ、加奈子の足見てるうちに興奮しちゃったみてーでさ。
ちゅっとかしやがんの。
そしたらぞわーって来て。
ヤだったんじゃねーのよ?
ただ何つーか、ぞわー。
ジタバタしねーと落ち着かねー、つー感じかなー。説明しにくい。
とにかくぞわー。
つーワケであたし暴れちまって、そーなりゃ京介はおとなしくしろっつーわな。でもあたしとしてはおとなしくなんかできねー。だから結局押さえこまれて、あとはどっちがご主人さまか、もはや分かんねー、と。
それからは京介のやつ、加奈子の足の指なめるわ、くわえるわ、くわえてぺろぺろするわちゅっちゅするわ。そんなのぞわーとかじゃなくてふつーにくすぐってーし、なのに押さえこまれてるから逃げられねーし、そのうち加奈子ってくすぐってーのに弱ぇと思われて、ま、弱ぇんだけど、足の裏とかわき腹とかこしょこしょされて、されまくって、げらげら笑ってられるうちはまだ良くて、くすぐってーのなんかすぐ通り越してのどがふさがって息が詰まって、苦しくて体力なんかあっという間になくなって、そンで動けなくなって、ベッドでぐったりはぁはぁひくひくしてたら京介、弱った加奈子見てドSにもさらにテンション上がっちまったらしくて、今はダメっつってんのに(舌が回んなくて「ひま、らめぇ」だったんだけど)、加奈子が抵抗できねーのをいーコトにあいつってば、
このへんであやせチョップが入る、つーワケですそろそろ話戻そーか。
行くぜー食うぜー歌うぜー、って桐乃とあやせと学校出たんだけど、少し歩いたあたりで急にまわりが暗くなった。
びっくりするくらい。
「お?」とか声も出たくらい。
空見たら雲。すげー黒いの。
やべーかな、と思ってたら降り出した。
どぶわぁー、って感じで。
ざーざー、じゃねーの。
どばー、でもねーの。
どぶわぁー。
一瞬でずぶ濡れヨ。
遊ぶとかそれどころじゃなくなった。
うへぇどっか、とにかくどっかに避難しねーと、ってなった。
パニック状態、つーやつ?
○
桐乃ン家に逃げ込むことになった。
何つーか、自然にそーゆー流れになった。
で走ってたんだけど、そしたら雨弱くなりはじめて、着くころにはキレイに止みやがんの。
降ったの、結局ほんの何分か。
夜みてーだったのが、もーふつーにただの午後。
どーなってんだよマジで。
つーか、どーしてくれんだよコレ。
全身びっちゃびちゃじゃねーか。
店とか入れねーだろ今さら晴れられても。
ケーキオアズケかよ。
カラオケオアズケかよ。
予定、台なし。
あー、もー。
ちょーサイアク。
○
「ただいまー」
って桐乃が玄関開けて、あたしとあやせを中に入れてくれた。
「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
でも、桐乃ン家には誰もいねーっぽかった。
返事が来ねーな、と思う前から、そんな感じはしてた。無人!、つー空気ってあるよな。
「あれ、お母さん買いものかな」
桐乃も首をかしげてた。「大丈夫だったかな雨」
「降られてないといいね」
あやせが言う。
桐乃は「うん」てうなずいて、
「ちょっと待ってて」
靴脱いで靴下も脱いで、ハダシでぺぺたって奥の方行って、帰ってきた時にはバスタオル何枚もかかえてた。
「使って」
その中から一枚ずつあたしとあやせに取らせて、残りを靴箱の上に置いて、最後に自分も一枚取ってた。
「さんきゅ」
「ありがとう桐乃」
こーゆー時って、自然に出るよなー。感謝の言葉。
顔とか腕とかふきながら、あたしはタオルを見た。
使ってるやつじゃなくて、桐乃が靴箱に置いた方。
二枚あった。
桐乃ママさんの分と京介の分、つーコトだよなコレ。
優しーやつ。
「ひひひ」
笑ってやったら、
「何よ」
顔赤くしてやんの。
「べーつーにー」
可愛いやつ。
そんなコト思ってたらチョップ飛んできた。
来るとは思ってたんだ。
○
「今お湯入れてるから、シャワー浴びてお風呂入っちゃってよ」
制服どころかブラ(……何だよ。キャミソールの上半分とかタンクトップの上半分とかみてーなやつでも、ワイヤー入ってなくても、ブラはブラなんだよ)もパンツも靴下もぐっしょりで気持ち悪かったし、濡れてるせいだけじゃなくてなんか寒ぃよーな気もしてきてたから、
「着替えもあるから。あたしので悪いけど……、あ、下着は新しいのあったはずだから心配しないで」
桐乃の台詞はもー、桐乃さまー、つー感じだった。
「ホントありがとなー」
「いいからいいから」
なのに、あやせは、
「え、そんな……、悪いよ桐乃」
とか言ってんの。
遠慮するとこかよ。できる立場かよ。
おめーだってびしょ濡れじゃん。
ホントはおめーも、桐乃さまー、だろ今。
それとも違うっての?
「じゃ、あやせはそのまま帰ったら?」
すると今度はチョップじゃありませんでした。
顔面、がって手でつかまれました。
わーいあやせの手でかーい。爪するどーい。
離してください。
そろそろ離してください。
○
それから、お風呂に入る順番でも軽くもめた。
桐乃は、
「あたしは最後でいいよ」
あやせは、
「ダメ、それじゃ桐乃が風邪ひいちゃう」
あたしは、
「んじゃ加奈子がいっちばーん」
そしたらあやせに、
「そろそろげんこつさんの出番かしらね加奈子」
笑顔で言われた。
「すいません調子こきました!」
怖ぇよ。
こいつだけはマジにやりかねねーからな。グー。
それも、まず腹に入れて動きを止めてからの確実な鼻、とかそーゆーやつをな。
で、コレ見てた桐乃は、あはは……、って引きつり笑いしながら、それでも、
「でも、ぐずぐずしてたらみんな身体冷えちゃうし。ホント遠慮とかしないで」
あたしたちのコト心配してくれて(個人的にはげんこつさんの方も心配してほしかったけど)、
「けど桐乃が……!」
あやせは桐乃のコトが大事すぎたんだけど(たぶん加奈子のことはあんまり考えてねー。全然考えてねー、つーことはねーと思うけど……、ねーよな? 泣くぞ?)、
あたしとしては――、
面倒くさくなっちまった。
いつまでゆずりあってんだよ、って、
「もー三人一緒に入っちゃえば良くね?」
そしたらあやせに、
「あなたには見どころがあると思ってたのよ加奈子」
真顔で言われた。
「ありがとうございます!」
ほめられても怖ぇよ。
○
お風呂でも大変だった。
「着替え用意してくるから、先入ってて」
そー言った桐乃が来るまでの、あやせとふたりだった間は、平和だったっつーか、特に何もなかったっつーか、あやせほとんどガチガチに固まってただけだったっつーか、そんなんだったんだけど。
来てからが……、な。
桐乃の姿がドアの磨りガラスに映ったらあやせ、明らかに動揺してた。
ご本人さま登場したら、思いっきり目を逸らしてた。
――違うな。
顔だけだったな。逸らしてたのは。
目は逸らしてなかった。
つまり桐乃見るには見てた。
横目でちらちらと。
けど見まくり。
で、
「せ……、背中、流そうか?」
とか言い出すの。真っ赤な顔で。
ガチか。
そーなのかなー、とは思ってたけど、マジでそーなのか。
そんなに桐乃好きか。
でも同時に、勉強になるなー、とも思った。
なるほど、あーやればエロいのか。
「背中流してやろーかー」じゃなくて。
今度やってみよー。京介に。
――デコ熱、測ろうとしてくれるなよ?
それはいーとして。
ガチな感じのあやせにそんなコト言われて、桐乃はどーしたかっつーと、
「え? いいよいいよ」
軽く断ってた。ばっさり。
あやせすげーしょんぼり。
そんなやりとりをあたしはお湯につかって(あえてずーずーしく、とっとと体流して先に入らせてもらった。別にマジで一番風呂したくてそーしたワケじゃねーよ? 単にアタマ少し使っただけ。体洗うとこに三人は狭そーだった、つーこと。どーよ? お利口さんだろあたし)ながめてて、あやせフられてやんのーけけけけけ、とか(心の中で)笑ってたんだけど――、
桐乃は桐乃で、あたしのコト見てきやがんの。
コイツは真正面から。ガン見。
ケダモノの目で。
肉食の目で。
京介があたしを見るのと、同じ目で。
ときどき、ふひって鼻の下伸ばして笑ったりして。
うわぁやっぱし兄妹だなぁそっくりだぁやべー油断したらヤられる。
しかも。
桐乃にそんな目で見られてたら、あやせの目もそんな感じになってきました。
でもこっちのは冷たい。すげー冷たい。
うわぁもー生き物を見る目じゃねーよアレ資源ゴミに出す雑誌の束とか見る目だよやべー油断したら処分される。
どーしたらいいでしょーか助けてきょーすけ。
○
それでも、何とか生きてお風呂出れた。
けど、後は何ごともなく、つーコトはありえねーワケで、それを今から説明します。
脱衣所もいっぺんに三人は無理だろって思ったし、それに早く逃げたかったんであたしは、ひと足先にお風呂あがったんだけど、そこに新しーバスタオルをたくさん、桐乃は用意しといてくれてた。
それ見てつい出たのが、
「この家新品のタオル何枚あんの?」
つーツッコミで、そしたらあやせに、
「……どういう疑問よ」
お風呂場からさらにツッコまれた。
言ってて自分でもそー思った。一枚タオル借りて、体をふく。
ふいてると、着替えも置いてあったことに気がついた。
キャミとショートパンツとパンツ(字だとまぎらわしーな。パンツは下着のパンツ)のセットが三組。部屋着の方はともかく、下着の方は桐乃が言ってた通り、新品みてーだった。
そりゃそーか。
使用済みじゃ困るよなおたがい。いくら洗濯してあっても。
――や。
困らねーやつも、いるかもしんねーな。
逆にその方が、つーやつも、いるかもしんねーな。
そんなコト思いながら、パンツをつまんで持ち上げて、
「な、あやせ?」
つぶやいたら、
ぼそっと言っただけだったのに、
なんか次の瞬間には目の前にあやせがいましたよ?
どんくらい目の前かっつーと、鼻と鼻がくっつきそーなくらい。
わーいあやせの目しか見えなーい。
底なしの穴みてーのしか見えなーい。
○
そンで、ここにきて大問題が発生する。
――京介だったら、今までのは小問題だったのか、とか何とかつまんねーツッコミ入れそーだなコレ。
で、もっとゆーと、ツッコミ入れよーとして桐乃とあやせに、「何聞いてんだコラァアアア」ってこの世から消されそーだな、つーコトになる。
話題が話題だしな。内容が内容だしな。
――あたし?
あたしは別に。ヤじゃねーし。
あん?
恥ずかしくねーのか?
そりゃ恥ずかしーよ。たりめーだろ。馬鹿なコト聞くなよ。
でも。
それでも、ヤではねーのよ。
――お?
今のけっこー、ポイント高くね?
恥ずかしいけど、ヤじゃない。
どーよ? グッと来ね?
それは置いといて。
何が起きたのか、つーと、
「コレ下着の意味なくね?」
桐乃のパンツは、あたしにはでかかった、つーコトです。
マジでぶっかぶか・かっぱかぱ、はいても手ぇ離したら足首までずり落ちる、つーほどではなかったんだけど。おしりで引っ掛かってちゃんと?、止まってはくれたんだけど。おまた隠すことだけはギリギリできてたんだけど。
でもやっぱし、
「桐乃ぉ、ゆりーよコレー」
ドア越しに、お風呂の桐乃にそー言うと、
「ちょっ……、やめてよその言い方」
あいつ、すっげぇえぇぇぇイヤそーな声で、「あたしがおしりおっきいみたいじゃん」
「『みたい』て」
とぼけてんのか? 「実際でけーじゃん桐乃」
現実を突きつけてやったら、
「ぅえっ」
桐乃は(気持ち的な)ショック受けたっぽくて、
「にぎゃっ」
あたしも(リアルな)ショック受けた。
ほっぺたつねられました。
つーか、指先でぎっちり挟んでひねってねじ切ろーとされました。
「そう……、このおクチね……? さっきから余計なことばーっかり言ってるのは……」
うふふ、とか笑いながら、指の力全開なのはもちろんあやせ。
さっきのどアップ攻撃の後、お風呂に戻ってったのに、また飛んできやがったのである痛いいたいいたいたいたいたい。
「ひべべべべべ」
日本語にならねー。
「桐乃の心は、もーっと痛かったのよ……?」
「いや、さすがにそこまでは傷ついてないんだけど……」
これには桐乃も苦笑い。
――や。
この状況で「苦笑い」て。
助けてくれよ。無理か。
ふつー、ねーか。
ケツでけーとか言ってきたやつを助ける義理なんて。
○
それでも、
「あやせ? もうそのくらいにしよ?」
最終的には、桐乃も助けてくれた。
お風呂から出て来て、あやせの手を押さえてくれた。
――かなり、かっなーり最終的だったけどな。痛てて。
「身体ふこう? せっかくお風呂入ったのに湯冷めしちゃう」
「桐乃がそう言うなら……」
「言う言う、言うから」
「……うん。分かった桐乃」
あやせは桐乃に対してはすげー素直なので、あたしは解放された。良かった。さんきゅー桐乃。でもできればもっと早く助けてほしかった。ところで「加奈子がかわいそう」的な台詞がひとつもなかったのは気のせいでしょーかそんなムカつきましたかケツでけーの件。
それにしても。
思った通りだった。
――脱衣所に三人は狭ぇ。
あやせ的にもそーだったみてーで、桐乃からタオル受け取ると、またまたお風呂場に戻ってった。
そこで体をふくのかー、って何となく見てるとあやせ、
「――あ、あのね? 桐乃」
広げたタオルを、端っこを握りしめて体の前に垂らして、なんかもじもじし始めた。
みょーにエロい。
布きれ一枚でできるだけ前隠して恥ずかしそーにする、そーゆーのもあるのか。その手も今度使わせてもらおー。
今日は勉強になること多いなー。
それはそれとして。
「何?」
首をかしげた桐乃のコトを、
「桐乃って……、胸大きいし、ウエスト細いし、か、格好いいスタイルしてると思うよ?」
あやせはほめだした。
めちゃくちゃ一生懸命に。
どーやらフォローしよーとしてるらしかった。
「……ありがと」
桐乃は優しく笑って、
「うぅん」
あやせも笑った。
――あー。
なんかコレ、加奈子ひとりだけ悪者じゃね?
それはヤだなー。つーかムカつく。
あたしもフォロー入れとくか。
ぎくしゃくした感じ、引きずりたくねーしな。
「それはあたしもそー思うぜ桐乃ぉ。正直、うらやましーからなあたし。桐乃のカラダ」
「か、『カラダ』って……、そう?」
桐乃は何でかびっくりしてて、そのくせ表情は固ぇまま。
「そー」
うなずいて強調までしてやっても、
「あ、ありがと……?」
笑顔にはなってくれたけど、どーも不自然。
うーん……。
難しーな。
なかなか、あやせみてーにはいかねーな。
もーひと押し、要るのか?
そー思って、
「や、ホントにマジでそーよ? 桐乃ってすげーエロいと思う」
つってやったのに、
「え、『エロい』っ!?」
桐乃はなんかカン高い悲鳴みてーな声上げて、
「言葉を選べぇっ!」
あたしはまたショック(リアルな)を受けました。
○
つーワケで。
ぎくしゃくしてたのはなくなった。なくなったの。
でも、これで問題は全部なくなった、つーコトはなくて、むしろ元々のやつがまるまる残ってた。
つまり、パンツでけー問題が。
言い換えると、あたしまだパンツいっちょー問題が。
――つーか。
この分だと……、
「これじゃ、こっちも合わないよね」
お風呂出たのあたしより後なのに、あたしより先に着替え終わらせちまった桐乃が、自分の腰に手を当てて言った。
ショートパンツのコトを言ってるワケだ。
おめーも気がついたか。
そー。そっちもたぶん、合わねー。
パンツみてーに、おしりで引っ掛かってくれるとは思うけど。
でもそれは、じっとしてれば大丈夫、つーだけだ。
なんかちょっとした事故でも起きれば脱げちまうだろーし、そン時はパンツの余ってる布を巻き込むだろーし、よーするに下半身すっぽんぽんになっちまうだろー、つーコトだ。
そりゃ困る。
そんなサービスするつもり、ねーぞ。
京介もいねーのに。
「何か別の持ってこないと」
うーん、って桐乃がうなってると、
「そんな、悪いよ桐乃」
あやせがまたも遠慮した。
――って、待てよ。
そこでどーして、おめーが。
おかしーだろ。加奈子の着替えの話なのに。
アレか?
自分と桐乃は着替え終わってるしぃ?、ってよゆーか?
あやせめ……、
いーのかな?
そんな油断してて。
おめーのカッコ、エロいぜ?
おめーだって服のサイズ、合ってねーからな? びみょーに。
何かっつーとキャミの肩ヒモずり落ちてるし、いろんなとこスキマできてるし。太もものとこなんか、わりとあぶねー感じだぞ?
「でも、何かは着ないと」
ちなみに桐乃もエロい。サイズぴったりなだけに薄い布ピタピタでエロい。体型がアピールしまくってる。
グラビアかよ。
男向けのグラビアかよ。
何なのこいつら。
あたしへの当てつけ?
ひとりだけぶかぶかパンツのあたしへの当てつけ?
――って……、
なんか結局あたし自爆してね?
あやせに反撃しよーとしてたはずなのに。
ちきしょう。
見てろよふたりとも。
加奈子だってそのうちなぁ!
すげーコトになんだからな!
ほら、もまれるとでかくなるっつーし!
――でも、今は。
現実はぶかぶかパンツ。
桐乃が言う「何か別の」だってきっと、気にしない気にしないだぶだぶなの(そんなには)目立たないよ、つーくらいの服。
だぶだぶは、だぶだぶ。
そんなの微笑ましーちびっこの姿じゃねーか!
ホントちきしょう!
あたしだってエロいカッコしてーよ!
なんか、ねーのか。
この家に、ねーのか。
あたしが着てもエロい服。
ちびっこ感が出ねー服――、
あ、そーだ。
あんじゃん。
つーか、この家だからこそ、あんじゃん。
「あのさー、桐乃ぉ」
「うん?」
「それなら、京介のワイシャツ、取ってきてくんね?」
○
加奈子冴えてんなぁ!、って自分でも思った。
そーだよ。
ヘタにでけーから、良くねーんだ。
女ものだから、良くねーんだ。
それで姉ちゃんのお下がり感とか、すぐ背ぇ伸びるから大きめの買っときました感とか出ちまうんだ。
その点、京介のワイシャツなら、
「あれなら、いー感じに着れるべ」
ヘタでなく、でけー。
つーか、ちょーオーバーサイズ(加奈子には)。
そンで男もの。
そして何より、エロい。
それは京介の保証つき。
――うひひ。
実は着たコトありまーす。
とーぜん、京介の前で、でーす。
とーぜん、素肌に直接、でーす。
――や、「着た」つーのかなアレは。
そでは通したけど、ボタンは留めなかった。
あの時は面白かったな。
すげーでけーの。ワイシャツ。
でけーっつーか、長ぇ?
そで口から手が出ねーの。
手とか振ると、余ってるそでがぶらんぶらん揺れる。
すそはひざが隠れるくらいあって、でもボタン留めてねーから、すぐに前が全開になる。
いつも着てるよーな服と違って、肌ざわりがさわさわってしてて、なんか慣れなくてくすぐったい。
気持ち的にも、京介の着ちゃったぜー、ってくすぐったい。
そーいったコト全部、やたら嬉しくて嬉しくて、どんどん楽しくて、うへへへきゃあきゃあって京介にじゃれついてたら、おりゃーって捕まえられちまって押し倒されちまってそんなぁこんな朝っぱらからぁ昨日あんなにしたのにぃってまたしゃべりすぎた。
とにかく。
久しぶりに、あの感じを味わいたい。
――着た感じのコトですよ?
少なくとも今は。
第一、京介いねーし。
そーゆー感じ(どーゆー感じ? ひひひ)の方は、味わいよーがねー。
とにかくとにかく。
けど、せっかくいー考えだと思ったのに、
「だ、ダメに決まってるでしょそんなの! 加奈子!」
あやせに却下された。
だからどーしておめーが。
「何でヨ」
「何で、ってそんな……、いやらしい……っ」
うっわ、と思っちまった。
――そりゃ、確かに?
やらしーコト半分でしたけど?
それは認めますけど?
でも、そこにツッコミ入れるっつーコトは、あやせだってそーゆーコト考えた、つーコトにならね?
そー思っちまった。
そー思っちまったら、
「なんかあやせ、エロい想像してるー。エローい」
けけけ、って笑っちまう。
あたしってそーなんだよ。なんか。
どーしても、そーなの。
弱点見つけた、と思ったら攻撃しちまってんの。
で、
やべー。
やっちまった。
ミスった調子こきすぎた。
――そー気づくワケ。やっちまった後で。
どーにかしねーとなー、この癖。
思ったコト、そのまま口に出しちまう癖。
素直とか正直とかいえば、聞こえはいーけど。
たいてー、ロクでもねー結果にしかならねーからなー。
チョップかグーか蹴りか踏みつけか怖ぇ思い出さなきゃ良かった。
――あーぁ。
で、そのどれかがまた、これから飛んでくる、と。
しょーがねーけどな。
あたし、言っちまったんだから。
でも。
今日何度目よこの展開。
正直飽きてね?
――とか、覚悟決めて待ってたら、
別に何にも来なかった。
あれ?、ってあやせを見る。
そしたら、
あやせ、笑ってた。
あー。
死んだ。あたし死んだよコレ。
「――加奈子?」
「……はい」
「お葬式では泣いてあげる」
「ヒー」
きっと、こいつはマジ泣きしてくれるだろー。
たとえやった張本人だとしても。
けど、だからって、
いくら泣いてくれるからって、
いくらそもそも悪いのはあたしだからって、
さすがに、殺られるワケにはいかねーよ。
チョップくらいならともかく。
――抵抗してやる。
最期まで。
どんだけみっともない手を使ってでも。
「桐乃ぉ、あやせがいじめるー」
えらく真っ先にみっともねー手を選んだもんだけど、なりふりなんか構ってられっか。
命かかってんだよこっちは。
でも。
この作戦は不発に終わっちまうのである。
「有料DLCコス『彼氏のワイシャツ』……、まさかリアルで拝めるなんてうひひひひ待っててね今取ってくるから」
次の瞬間、桐乃の姿は脱衣所から消えてて、
あたしはあやせとふたりきり。
あー。
死んだ。あたし死んだよコレ。
○
ま、実際、死にはしなかった。
ひでー目には遭ったけど。
あやせに遭わされて、
戻ってきた桐乃にも遭わされた。
どんな目か、つーと、
――あやせの方は、言わなくてもいーよな?
ワイシャツ、着せられました。
や、違います。
「これ着てね」って渡されたのを着た、つー意味じゃねーですそんなふつーの意味じゃねーです。
「はーい加奈子お着替えしよーねー」って着せ替え人形みてーに文字通り着せられた、つー意味です何コレどーゆープレイ?
やべーよ。
悪い意味でやべーよ。
同級生に服のボタン外される・脱がされる、だったらまだ、あるかもしんねーよ? あやせが桐乃にそーゆーコトしてるシーンとか、そこそこ想像できるし。
でも……。
服着せられる・ボタン留められる、って何だよ。
ありえねーだろコレ。
同じ目に遭ったコトあるやつ、いる?
「うひょおー」
とか高ぇ声で言われたコトあるやつ、いる?
――何つーか……、
オタバレしてから、桐乃すげーよなー。
こえーとかきめーとかぱねーとかゆー次元を、軽く超えてくる。
ただ……。
そんなすげーやつなのに、すぐ後ろに立ってるあやせの気配にまったく気づかねーのは、いったいどーゆーコトなのか。
まさかあの何本もにょろんにょろんしてるドス黒いごんぶとのヘビみてーなオーラが気にならねーっつーのか。
○
いろんな意味で狭かった(肩身とか)脱衣所からリビングに移動して、ソファーに三人で座った。
髪の毛乾かさねーとな。
桐乃は自分のことは後回しで、あたしたちにドライヤーとか扇風機とか貸してくれた。
――つーか。
あたしの髪を乾かしてくれた。
ドライヤーにごぁー言わせながら、あたしの髪をゆっくりふわふわ撫でて散らすようにして、風を送ってくれた。
「乾かしてあげよっか」
って言われた時には、いーよ自分でやるよいーかげんじゃっかんきめーよお人形さんごっこの続きかよ、とか思ったけど。
思っただけじゃなくて、言いかけたけど。
つまり途中でもンのすげぇえええピリついた空気を感じて言うの止めたっつーことだけど。
――アレはどっちの意味だったんだろーなー。
「どうして加奈子ばっかりずるいあなたさえいなければ」だったのか。
「せっかくの桐乃の好意を無にするつもりなのあなた何様のつもり」だったのか。
たぶん両方。
怖ぇ。
忘れよーそーだそれがいー。
はい忘れました。
つつしんでオコトワリしよーとしたコトだったけど(ダメだったけど)、やってもらったら正直、これはこれで気持ち良くて、眠っちまいそーになるくらいだった。
寝たら危ねー(テーソーか命か。たぶん両方。怖ぇ)、つー状況でなければ、ホントに寝ちまってたかも。
こーゆーの、京介にも覚えてもらおーかなー。
一緒にシャワー浴びたりするコト、多いワケだしー?
――なんてな。
うひひ、って頭ン中で「次会ったら要求すること」を増やしてたら、なんか急に肩が軽くなったよーな気がして、
――や、違うな。
ピリピリ感が消えたんだな。
どーしたあやせ、って思ってたら、
「ねぇ、桐乃……」
本人の声が聞こえてきた。
勇気を振りしぼって、つー感じ。
――考え直したのか?
ひとにプレッシャーかけてるヒマがあったら自己PRしよう、とかゆー方向に。
それがいーと思うよあたしもマジで心から。
そンで耳すましてると、
「うん? 何あやせ」
「私にも、後で、ドライヤー――」
「え? そりゃもちろん」
この桐乃の返事に、
「本当?」
あやせのテンションが跳ね上がって、
「貸さないワケないじゃん。変なあやせ」
この答えに、
「あ……、うん、そうよね。うん、分かってる」
びたぁあぁぁぁん、って地面に激突するのが聞こえた。
私も乾かしてもらえるって思ったのに――、つーとこか。
ひひひ。
残念でしたぁ。
まず、そー思った。
だって、あやせの貴重な爆死シーンだぜ?
あの、あやせの。
そんなの、ひひひってなるしかねーべ?
それがふつーだべ。ふつーふつー。
けど。
それからちゃんと、こーも思ったヨ?
ちっ。
しょーがねーなー、あやせは。
手間のかかるやつ。
ほら、あやせってダチだし。
だから――、
助けてやんヨ?
「なー? 桐乃ー?」
「なぁにかなかなちゃん、じゃなかった加奈子」
「おい」
すげー本心聞こえちゃったよ今。
あたしはおめーン中で、どんだけの存在なんだよ。
「言ってない言ってない。かなかなちゃんとか言ってないし」
うへぇ。
どーしょーもねーなー、桐乃は。
やべーやつ。
でも、
「……」
ツッコまねーコトにした。
何も聞かなかったコトにした。
――ほら……、桐乃だってダチ……、だし……。
ダチっつーよりは、ブシノナサケ的な気分だけど……。
「あの……、さぁ、桐乃?」
「何?」
「――髪。もーいーよ。さんきゅな」
「え? そう?」
「かなり乾いたし。あとは扇風機でいーから」
「そっか……」
やたら残念そーにドライヤーのスイッチを切って、桐乃は、
「じゃあ、はい。あやせ――」
コードを避けながら、本体をあやせに渡そーとする。
そこにあたしは、食い気味にカブせた。
「つーワケであやせ。こーたい」
「へ?」
「加奈子……?」
桐乃もあやせも、そろってきょとんとした。
桐乃の方はたぶん、あやせの髪を自分が乾かす、その発想はなかったわ、つーコトだろーな。あやせかわいそー。そーそー、そーゆーコトに違いねー。だからそれ以上深く考える必要はねーのよ。でねーと加奈子の髪を乾かすとか服を着せるとかゆー発想はあんのかよ、とかゆー話になっちまうから考えるなっつってんだろ。
で。
あやせの方はきっと、あたしがひとに何かを譲る・親切にする、つー発想がなかったからに違いねー。
見くびられたもんだぜ。
あたしだって、そーゆー時くらいあんのヨ。
それも最近は、そーゆー時けっこー多いのヨ。
――カレシ持ちのよゆー、つーやつかな?、コレ。うひひ。
にやついちまうのを何とか隠して、あたしはソファーを立つ。
扇風機の真ん前に行きながら、
「乾かしてもらうの、すっげー気持ち良かったから。あやせにもやったげてヨ」
桐乃にお願いしてやって、
「そう?」
「そー」
「加奈子……」
名前を呼ばれたけど、あやせの方は見ない。
手だけひらひら(見た目的にはそでだけふりふり)振ってやる。
いーってコトよ、って。
加奈子は背中で語る女だぜ。
けどもしもどーしても感謝の気持ちを表現したい、つーことなら、これからは加奈子さまとか呼んでもいーし、何かとゆーとおごってくれたりしてもいーのよ?
○
桐乃に髪乾かしてもらってるあやせをちらっと見てみたら、まゆ毛も目尻もうっとり下がってるし、ほっぺた赤いし、耳も赤いし、唇なんか半開きだし、時々「あ……っ」とか「ん……っ」とか声漏らしながらぴくんってするし、なんかガチエロだった。顔だけアップで撮影してたら今ごろエロDVDが完成してたと思う。
――あたしもあんな感じなのかなー。
さっきドライヤー使われてた時のコトじゃなくて。
京介に撫で撫でさわさわちゅっちゅぺろぺろされてる時のコト。
ふへへ。
○
あやせの髪が乾いた後の展開は、言うまでもねーと思う。
とか言いながら、言うけどさ。
もちろん、あやせが桐乃の乾かし役に立候補、だった。
「いいってあたしは。自分でやるし」
桐乃は首横に振って、手まで振ってたけど、
「やってもらいっぱなし、というわけには!」
あやせがあきらめるはずなくて、
「そ……、それじゃ……」
とーとー折れてた。ヒいてたけど。
――つーか。
そーゆーふうに言われたら、あたしの立場なくね?
あたし誰の髪も乾かしてねーし。
あやせめ……、
恩知らずなやつ。
どーよ? あたしにだけは言われたくないだろコレ。けけけ。
そんなコトより。
あやせに髪乾かしてもらってる桐乃はどーだったかっつーと、別にふつーだった。あやせほどの反応はしてなかった。そりゃそーか。
でも、それなりに気持ち良さそーにはしてて、そーなりゃとーぜん、あやせも嬉しそーになってくるワケで――、
ふつーだったはずなのに、だんだん怖ぇ絵ヅラになってった。
や、違うのヨ。
そーじゃねーの。
ガチすぎて怖かった、つーコトじゃねーの。
ただし、ガチすぎてなかった、つーコトでもなくて、ガチすぎてたのはガチすぎてた。すげーソレっぽい感じになってた(これ以上くわしく細かく説明するつもりはねーです。つーか分かれ)。
じゃあ怖かったポイントってどこヨ、つーと――、
何つーか……、バリア的なものが、見えました。
バリアなんて言葉、なんか久しぶりに使ったなー。すげーガキっぽい響き。バリア。
そんなコトはどうでもよくてバリアの話。バリアの話じゃん。違うちがうガキっぽいっつー話の方じゃなくてあやせの話の方。
誰も入ってこないでここは私たちの世界関係者以外立入禁止スタッフオンリー。
そんな気持ちが、目に見えました、つー話。
怖かったのは、必死すぎるあやせ、つー話。
――あたしもあんな感じなのかなー。
京介といちゃついてる時。
「ふたりの世界」作ってる時。
あーゆー「誰も近寄んな!」感、出してんのかなー。
――や。
いやいやいやいや。
ねーな。
そりゃねーな。
アレはねーよ。
アレは出ねーよ。
あんな、触ったら刺さるか焼けるか感電するか爆発するか、早ぇ話が殺る気満々のバリアは出ねーよ。
出るか、そんなもん。
ほのぼのらぶらぶお似合い馬鹿ップルから出るか。
――違う意味で「痛い」バリアならともかく。ひひひ。
○
「あやせ、ありがと。もういいよ」
ドライヤーされてた桐乃が、そー言った。
だいたい乾いたかな、って思ったんだろー。
「でも……」
あやせはまだまだ続けたそーだったけど、
「うぅん、いいよ。ありがと。やってもらうの、確かに気持ちいいね」
もっかいお礼言われたら、
「……じゃあ」
すげー嬉しそーにスイッチ切って、ドライヤー、テーブルに置いてた。
――スイッチ切るのが嬉しそー、置くのが嬉しそー、じゃねーよ? 念のため。
そのドライヤーに、
「悪ぃ、やっぱもーちょっと貸して」
あたしは手を伸ばす。
実は――、
カッコつけて乾かされ役をあやせにゆずったまでは良かったけど、扇風機ではどーにも、うなじのあたりが乾かなかったのヨ。
難しーもんだな。
かっけー生き様、つーのはさ。
京介も見えねーとこで苦労してんのかな。
――とか、しみじみ思ってたら、
「やったげよっか?」
桐乃が食いついてきた。
「や、いーよ」
そー来るだろーな、とは思ってた。やんわり断る。桐乃を傷つけねーよーに。嘘。嘘でもねーけど。ホントは、誰の許しを得て桐乃に好意持たれてんだコラァとか、桐乃の好意が要らんつーのかコラァとか、そんな感じの貴重な御意見やトゲトゲしい御視線・御バリアの御持ち主の方を刺激しないよーに、だ。こんだけていねーに言っとけばあやせもそーは怒らんだろ。今は機嫌がいーはずだし。あ、名前出しちゃった伏せてたのに。
「――なら私がやってあげる加奈子」
誰だ「今は機嫌がいーはず」とか言ったの。
鬼スイッチ入ってるぞコレ。沸点低いなオイ。
名前出したせいか。
それともそーゆー問題じゃねーのか、
どっちにしても、そんなコト気にしてる場合じゃねーな。
次、ミスったら死ぬ状況だぜ。
「結構でございます」
「いいのよ? 遠慮しなくて」
遠慮じゃねーです。
マジで要らねーだけです。
あたしは髪乾かしたいだけなんです。
それもあと少しだけ。
だから一万度の熱風とかはムダすぎなんです出すつもりだろてめードライヤーから。
あやせならできる。
「いーですホントいーですから」
あわててドライヤーを、ワイシャツのそでごとひっつかむ。スイッチ入れよーとして、布越しだとすべって難しい。苦労してやっと、ごぁーって言わせると、
――ずずずじゃっ。
○
○
○
はぁ……。
やっと「今」か。
追いついたか。
京介、帰ってきたか。
なんかいっぱいしゃべった気がする。
やっぱしごっそりはしょるべきだったかなー。
――けど、なー。
コレ絶対事情の説明ほしーだろ、って思ったからなー。
だってさー、考えてみ?
いきなり本題に入ってたら、どーなってたよ?
いろいろあってぇ、
加奈子ぉ、今ぁ、
桐乃ン家でぇ、
お風呂あがりでぇ、
はだかワイシャツでぇす。
いやソコ言えよその「いろいろ」んとこ何があったらそーゆーコトになるんだよ。
――だべ?
そー思ったんで、頑張って説明してみた。
どーしてこーなったか。
それに、グチっときたかったしな。
すげー雨に降られたーひでー目に遭ったーちょームカついたー、つーの。
けど、頑張りすぎた気もする。
要らねーコト言いすぎた。
めちゃくちゃ長くなっちまった。
――半分はわざとだけどな。
「わざと」つーか、サービス?
ほら、必要なコトだけ聞くのってつまんねーべ?
どきどきとかあった方が楽しーべ?
それって、こっちとしても同じだしな。
説明だけすんのはつまんねー。
そこで、ちょっとエロいシーンなんか混ぜてみましたお風呂のとことか。どーだったよ?
それに――、
そもそも無理だしな。
要るとこだけ選んで語る、とか。
できるかヨ、そんな器用なマネ。
せいぜい、「要るとこ」を思いついた順にしゃべって、かえって意味不明になんのがオチ。
だから。
確実にグダグダのダラダラになるとしても、最初から始めて、最後まで来たら止めるしかなかった。
悪かったな、つき合わせて。
つーワケで。
あたしと桐乃とあやせの三人はお風呂あがりで、そこに京介が帰ってきたヨ。
そーゆーコトになってました。ここまでンとこ。
そンで、今。
桐乃が玄関に向かってまーす。
○
○
○
あたしも一緒に行こーかな、ってちょっと迷ったけど、それより桐乃ってどーゆーふうに京介お出迎えすんのかなー、って疑問思いついたから、今日のとこはやめとくことにした。
桐乃もふつーに、「おかえり」つーのかなー。
「おかえりなさい」だったら、兄妹にしちゃあぶねー関係っぽいよなー。
ンなコト考えながら正解を待ってたら、聞こえてきたのは、
「あれ?」
だった。
何だよソレ。
あの桐乃がちょー甘えた声で「おかえりなさいお兄ちゃん」つーのを楽しみにしてた(たった今、そーだったコトになった)あたしの気持ちはどーなるんだよ。
「『あれ?』って何」
あやせに聞いてみる。
あやせはなんか歯ぁ食いしばって緊張してたけど、
「私に聞かれても」
デスヨネー。
このまま、続きを待つしかねーか。
盗み聞きみてーだな。悪いコトしてる気がする。
どきどき。
楽しんでんなーあたし。悪いコトしてる気、ホントにしてんのか。してません。ひひひ。
○
「あぁ桐乃、ただいま――、って」
「何よ」
「お前、今日は……、あぁ」
「何ひとりで首かしげて、ひとりで納得してんのよ」
「いや、お前たち今日寄り道するんじゃなかったのか、と。で、あぁそうかさっきの雨で、と」
「……そうよ」
「中止か」
「ずぶ濡れになったのよ。遊びに行けるワケないでしょ」
「そりゃ災難だったな」
「もうサイアク。ひさしぶりに三人で遊べると思ったのに……、しょうがないからうちに避難したの」
「加奈子もあやせも?」
「靴。あるの見えない?」
「……へいへいアリマスネー」
「来てるわよふたりとも。――あんたの大事な加奈子ちゃんも」
「否定はしないぜ」
「ウザ」
「……お前自分で話振っといて」
「うっさい。――あー、靴も乾かさなきゃ……、で?」
「あん?」
「何であんたは全然濡れてないの?」
「あぁ……、帰ろうとしたらちょうど降ってくるとこでさ。止むまで待ってた」
「は? 何ソレ?」
「……『何ソレ』って何だよ」
「ずるくない? あたしたちはヒドい目に遭ったのに」
「『ずるくない』言われても」
「ひとりだけ無事で、悪いとも思わないっての?」
「そりゃ……、まぁ、思わなくはないが」
「だったら、今からでもずぶ濡れになってきたらどう?」
「めちゃくちゃ言いやがるなオイ。つーかとっくに雨止んでんだが」
「じゃあその辺の水たまりにでも飛び込め」
「断る! ホントめちゃくちゃ言いやがるな!」
「ちっ」
「舌打ちいただきました!」
「――だってムカつくじゃん。あんたばっか何ともなくて」
「だからそんなコト言われてもな……、あぁ、それでタオル置いてあるのか。出しといてくれたのか」
「別に。てゆーか気づくの遅すぎ。馬鹿じゃん?」
「いや気づいてはいたよ?」
「じゃあ納得するの遅すぎ。やっぱ馬鹿じゃん?」
「へいへいソーデスネー……、っと」
「自分の靴くらい、そろえたら?」
「今やろうと思ってましたぁ」
「どーだか」
「はい、そろえましたぁ」
「よろしい」
「――ったく……、桐乃」
「何よ」
「ただいま」
「さっき聞いた」
「俺は『おかえり』を聞いてない」
「キモ」
「ひどくね?」
「――分かったわよ……、『お・か・え・り』」
「タオルありがとな」
「どーせムダだったし」
「それでも」
「――そ? どういたしまして」
○
桐乃のやつ兄貴大好きだよなー、って思う。
そーは聞こえなかった?
ま、今のとこだけ聞いたら、そーかもな。
あたしはほら、桐乃はブラコンだ、って前に聞かされたコトあるから。
そンで、そーなのか、って目で桐乃見るよーになったし、そしたら、そーいやそーかも、って気がするよーになったし、つーか桐乃が京介の話してる時の感じ、なんか見覚えあんだよなー、って思うよーになって、どこで見たんだったかなーコレ、って悩んでたらある時、あー違うわコレ「見覚え」じゃなくて「身に覚え」だわ、って分かっちゃって、
つまり、あたしと同じ。
あたしが京介の話してる時って、きっとあんな感じ。
あー、それじゃ桐乃、京介大好きだわ。
だって、あたしがそーなんだから。
つーワケで、そーゆーふうに聞こえるのヨ、あたしには。
――に、しても。
「あんたの大事な加奈子ちゃん」かー。
「否定はしないぜ」かー。
にひひ。
喜んでる間にも、兄妹の会話は聞こえてきて、
「じゃあ、な。ふたりによろしく」
「よろしく言わせて、どうしようっての?」
「単なるテンプレじゃんこういう時の! ここツッコむか普通!?」
「ホントうっさい」
「〜〜っ」
最終的には、なんか言葉にならないうなり声になってた。
京介も妹大好きだよなー、って思う。
でなけりゃうなり声で済まねーよなー。キレてるよなー。
――に、しても。
あたしって、すげーなー。
あらためて思う。
唐突すぎる?
――や、だって、よー?
あのふたりの間に、割り込んだんだぜ?
それでいろいろあったけどさ。
でも結局、ダチはダチのままだし。
これも人徳ってやつだよなー。あたしの。
「――加奈子?」
「みなさんのおかげです」
ヘルメットかなんかカブるコト、考えた方がいーのかもしんねーなー。
頭ン中が、外から読めなくなるやつ。
冗談抜きで。
○
京介はこっちには来ねーつもりらしー。
なんかそんな雰囲気だった。
「……ふぅ」
あやせも同じよーに感じたらしー。ほっとしたため息ついてる。
でも――、
なーんかソレ、ほっとしすぎじゃね?
演技くせー、つーか。
ホントは来るの期待してた、けど来なくてガッカリ、ソレ悟られないよーにほっとしてみせた、つー感じ。
よーするに、わざとらしー。
「――それ以上考えない方がいいわ加奈子」
「ソーデスネ!」
ヘルメットどこに売ってますかね。
リアルな衝撃にも強いとありがてーです。
それはともかく。
ひとまずとりあえず少なくとも今はともかく。
あたし的には?
せっかく京介帰ってきたのに、顔も見ねー、つーワケにはいかねーな。
京介のキモチ(今日は加奈子たちが三人で遊ぶ日とか、俺の出番ナシとか、気ぃ利かせたに違いねー。そーゆーやつだあいつは)を、ムダにするみてーだけど。
でも、その「キモチ」のために、京介きっと、ガマンしてるから。
ホントは京介だって、加奈子の顔見てーはずなのに。
――何つってもあたし、「大事な加奈子ちゃん」だし?
ひひひ。
それなら。
本音を隠すのが、京介の親切なら。
ンなコトしなくていーよ?、つってやんのが、あたしの親切だ。
コレって結局、「ムダにする」コトにはならねーと思う。
それに――、
もしも京介こっち来る、ってコトになったら桐乃やあやせ、あわてるだろーしな!
見てー。ソレは見てー。
こっちはあくまで、オマケの理由だけど。
ホントよ? マジで。きひひ。
よーし。
京介には絶対こっち来てもらうぞー。
つーか来させる。
――とは、ゆーものの。
問題はある。いくつかある。
まず、ただ呼んだだけじゃ京介、来ねーだろー。
いちおー気ぃ使ってるワケだからな、あいつも。
だから、どーしてもこっち来たくなるよーな、何かがひつよーだ。
――つっても、作戦、実はもーあんだけどさ。
って、もったいぶるコトでもねーか。
ぶっちゃけエロ攻撃です。
京介って、エロいエサによく食いつくから。
すげーチョロいのヨ、コレが。
カレシに向かってひでーなあたし。
でも事実だしー?
事実じゃしょーがねーよな。うん。
それはいーとして。
京介の方は、ま、何とかなるとして。
問題は、まだ他にもある。
つまり、桐乃とあやせだ。
ふたりが抵抗しねーはずがねー、つーコト。
京介が来よーとしても、桐乃にゲキタイされるか、あやせにゲキタイされるか、桐乃とあやせにゲキタイされるかのどれかになる。
間違いなく、そーなる。
そンで、そン時はたぶん、あたしも他人事じゃねー。
だから、そっちの対策もひつよーだ。
でも、そいつがまだ、思いつけてねー。
どーすべ?
○
「じゃーなー、ごゆっくりー」
京介のでかい声が、廊下から響いてくる。
桐乃はアテになんねー、って思ったワケじゃねーだろーけど、自分で「よろしく」言ってやがる。
つーコトは京介、マジで顔出すつもりねーんだな。
「きょーすけー、おかえりー」
どーすべ?、はいったん棚に上げてあたしは、廊下に向かって大声で答えた。
返事はしとかねーとな。礼儀よ、れーぎ。
「加奈子かー。ただいまー」
声だけが返ってくる。
今度はあたし宛の。
あたしだけ宛の。
なんか嬉しー。
「おじゃましてまーす」
「おーぅ」
きひひ。
けど、そんな「ふたりだけの会話」楽しんでたら、
「ちょっと加奈子!?」
横からあやせにぱしぱし叩かれた。
「何だヨー」
痛ぇなー、ってあやせ見たら、
「話してたら来ちゃうじゃない!」
なんか、すげーあせってるし。
小声で叫ぶとか、器用なやつ。
やっぱし困るのか。
恥ずかしーのか。あわてるのか。
ホントに来るかも、ってなると。
来てほしそーにしてたくせに。
そんな姿見せられたら――、
いじりたくなっちまうじゃん。
「えー、でもぉ、あいさつもしねーのぉ? それってどーかと思う」
「それは……、そうだけど……」
あやせって、正論に弱い。
そのツッコミがあたしなら、よけーに。
簡単にごにょごにょもそもそになる。
「おじゃましてます……」とか口ン中だけで言ってる。
そんなの絶対京介の耳に届いてねーよ。
面白ぇなー、あやせは。
京介、まだ声でしか登場してねーってのに。
すでにそんな面白くてどーすんのヨ。
そんなリアクション見せられたら――、
じゃあ、本人来たらどーなっちゃうのヨ?
そー思っちゃうじゃん。ひひひ。
○
「でも、そりゃいーな」
そー言ってやった。
「はぇ?」
あやせがマヌケな声を上げる。
ぽかーん、ってこいつにしちゃめずらしー顔で。
それだけでもう、あたし的にはきひひだったけど、
「京介こっち来たらいーな、って」
具体的に言い直してやったら、
「な……っ」
あやせのやつ我にかえって真っ赤になって、きひひ感倍増。
「見てーなー、京介の顔ぉ。一日一回は京介の顔見てーもんあたしぃ」
そんな台詞も、口からするっと出る。
けど。
これってけっこー、本心かも。
ノリだけで言ったわりには。
――あん?
一日一回でいーのか、って?
いーよ?
だって一回見たら、ずっと見てるし。
二十四時間?
――うわー。
コレって、アレだよなー。
ソクバクするタイプ、つーやつだよなー。
重い女、つーやつだよなー。
そっかー。
あたしそーだったのかー。
知らなかったなー。
自分でも意外すぎ。
なんか笑えてくる。
そンで、うひひってなってたら、
あやせが突然、襲いかかってきました。涙目で。
考えてみれば、無理もねー。
京介来たらいーのに、つー話だったもんな。
それであたしが笑ったら、あやせ的には、
「京介呼んだらぁどーなっちゃうのかなぁいひひひひひひひひほれほれ呼ぶぜぇ呼んじゃうぜぇ」
とか言われたよーなもんだべいや悪者すぎるだろコレじゃさすがに。
そりゃ息の根止めてやろーとするわな。
――誤解なんですソレ、つったら、信じてもらえるだろーか。
確かに最初は、そーゆー挑発してやろーとしてました。
でも。
途中で違う話になったんですあたしの中では。
さっきの「うひひ」は別にあやせのコト笑ったんじゃないんです自分のコト笑っただけなんです。
だから誤解なんです誤解ごかい誰が信じるか。
――しかも。
誤解してんのはあやせで、
それ訂正したいのがあたし。
無茶振りすぎるだろ日ごろの行いとか考えてみろ何だとコラ。
そんなコト思いながら――、
あたしはあやせの攻撃を、
避ける。
ガードする。
はじく。
そーゆーコトができる、つーワケだ。
今のあやせが相手なら。
あわててるおめーなんて、怖くねーよん。
――あ、そっか。
コレって、「あり」じゃね?。
こーやってあやせ、あたしに引きつけとけば良くね?
そしたら京介、こっち来れんじゃね?
――よぉし。
この作戦だー、って、
「雨ー」
追ってくるあやせの手を、つぎつぎ振り払いながら、
「降られなくてー」
スキを見て京介に、
「良かったなー、きょーすけー」
話しかける。
京介は不思議そーに、
「――何かやってんのかー?」
「やー、ちょっと、なー」
「あんまひとン家で暴れんなよー」
「へーい、で、さー。雨ー」
「あー、俺は大丈夫ー」
「良かったなー」
「さんきゅー。そっちは大変だったなー」
「おー、ぐっしょりになったぜー、パンツまでー」
○
「お……、おぅ」
つー京介の返事は、
「か……、加奈子っ!?」
つー桐乃の悲鳴と、そのすぐ後に聞こえてきた「何想像してんのよキモ! 死ね!」つーわめき声で、こっちにはほとんど聞こえてこなかった。
でも、分かる。
今のは効いた。
エロ攻撃、成功した。
京介のやつ、想像した。
加奈子の、パンツまでぐっしょり姿を。
それも、現実のあたしたちみてーな悲惨な感じのびしょ濡れ姿じゃなくて、「ねーよ妄想かよ」的な都合よくエロい感じのびしょ濡れ姿を。
そこは何つっても京介だからな。
そーゆーふうに考えてねーはずがねー。
あいつエロいから。エロエロだから。
だから京介の方は、これでもー釣れたよーなもん。
――な? チョロいべ?
つーか。
なんか、桐乃も一緒に釣れてたよな今。
声、すげーあせってたし。
頭にめちゃくちゃ血ぃのぼってそー。
だとすると――、
京介のジャマとか、できなくなってるよな?
あやせの攻撃が、怖くなくなったみてーに。
桐乃の攻撃も、怖くなくなってるだろー。
――なんだよ。
エロい話振れば良かったのか。
それで京介のテンションは上がって、桐乃の動きは悪くなって、二度おいしかった、と。
あいつら、兄妹でチョロいんだなー――、
うん?
「あやせの攻撃」?
――そーいや、あやせは?
あれ?
攻撃、止まってね?
どした?
――また笑ってんのか? 冷たく。
そーだったら、失敗だなー。
冷静になったら、あいつは怖ぇ。
攻撃、見えねーし。
おしまいになるなー、いろいろと。何もかも。
――そー思って、おそるおそるあやせ見てみたら、
固まってました。
口だけ、ぱくぱくさせてました。
パンツ濡らしちゃったのバラされたコト、めちゃくちゃショックだったっぽい。
――って、わざと変な言い方してみたけど……、
案外あやせ、マジでそっちの意味で受け取ったのかもなー。
そーいやあやせって、そーゆーとこあんだよ。
基本、お行儀いーコトばっか言ってるくせに、何かっつーとエロい方に勘違いしたがるっつーか。むっつりスケベってやつ? 「むっつりスケベ」て。あのあやせが。優等生じゃなくてスケベ。うはははははははは。
……。
おおお。
マジで攻撃来ねー。こんなコト考えてんのに。
ありえねー。
エロい話すげー。
あやせまで封印できるのか。
――なんだよ。
マジで、エロい話振るだけで良かったのか。
三度おいしかったのか。
悩むひつよー、なかったのか。
ったく……。
そーゆーコトは早く言えよ。
ま、いーや。
何にしても、チャンスだべ。
それも、二度とねーくらいの。
なら、活かさねーとな。
京介を釣り上げてやろー、今のうちに。
○
「でもー、だいじょーぶー」
呼びかける。「お風呂とかー、タオルとかー、着替えとかー、貸してもらったしー、ありがとなー」
「か、貸したのは桐乃だー、礼なら桐乃にー……」
京介の返事はぎくしゃくしてる。
そこまでどきどきするもん? びしょ濡れって。
確かに透けたりはするけどさ。肌に服、貼りついて。
「桐乃にはもー言ったしー、きょーすけにもいちおー」
「そう……、か? じゃあ、ま、どういたしまして……」
「おーぅ」
とか、中身だけ聞けばのんきな会話してたら、
「何でふつーにしゃべってんのよあんたはー!」
向こうで桐乃が暴れ出した。
パンツぐっしょり宣言の後で何よソレ!?、つーとこか。
ちなみに、わざとだ。
わざとふつーにしてた。
少なくともあたしの方は、わざと。
パンツのコトはさらっと流して、次の話に進んでた。
そーすれば、「えーあたしは別に他意とかなかったんですけどー? 何ー? まさかおめーたち変な意味に受け取ったのー? エロくねー?」つーイヤガラセになるだろ、とゆー――、
「加奈子もちょっと黙って!」
うぉ。
桐乃の怒りが、あたしにも向いてきた。
復活したか。
あやせの復活も近そーだな。
けど、そりゃ困る。
まだ京介、こっち来れてねー。
――試してみるか。
三度おいしーとゆーエロ攻撃。もう一回。
何かいいネタあるかな?
できれば、爆弾レベルの破壊力のやつ――、
って、考えるまでもねーか。
何言っても、どかーん、だべ。
今のあたしたちのカッコのコトなら、何言っても。
「そンでさー、きょーすけー?」
「な、何だ……?」
「あたしらー、今ー、ノーブラー」
○
空気が、完全に止まった。
やべー。やっちまった。
爆弾でかすぎた。
ダメだコレ。京介まで吹き飛んじまった。
桐乃とあやせだけで良かったのに。
って、冷てー言い方だなコレ。
あくまでエロ攻撃の話ですよ?
――あ、そーだ。
リベンジってコトにならねーかなコレ。
ほらさっきあたし思ったじゃん。「今に見てろ」とかさ。
思っといて自分で忘れてたけど、ま、細けーコトはいーとして。
どーだろ?
リベンジ成功、ってコトでどーだろ?
加奈子の攻撃で、桐乃とあやせが吹き飛んだワケだし。
ダメかな?
そりゃ確かに、ターゲットじゃねー京介まで巻き添えになってるけど……。
――つーか。
そーだよ。それだよ。
そっちの方が問題だよ。そっちこそが。
何でだよ。
何でおめーまで吹き飛んでんだよ京介。
いーよこの際、リベンジの件は。
そんなコトより、耐えろよ。
今さらだろー。ノーブラ加奈子なんて。
それこそお風呂あがりとか、朝とか。ふつーにそーじゃんあたし。
この前なんか、ふつーじゃねーリクにも答えたじゃん。
「何も言わずにコレ着てくれ」つーからさー。
お? 何だよまたワイシャツか? それとももしかしていよいよエプロンか? ホントそーゆーの好きだなー京介。
って思ってたら、
渡されたの広げてみると、なんかデカめのタンクトップ。
コンタン見え見えすぎだろ。
質問とかするまでもねーよ。
でも着てやったあたし。
理解あるよなー。
そンでそしたら予想どーり、胸張ってくれとか、逆に前かがみになってくれとか、ワキ見せてくれバンザイから頭の後ろに手ぇやる感じでとか、そーゆーよーきゅー連発された。
見たがりすぎだろ。ぽっちとか先っちょチラとか。
でもやってやったあたし。
優しーよなー。
とにかく。
ふつーなコトも、そーでもねーコトも、合わせて何度もあったワケですよ。
なのに、どーして今さら。
――や。
ま、でも、分かるヨ?
現実的な話、耐えるの難しー、つーのは分かるヨ?
そりゃ吹き飛ぶしかねーよな。加奈子大好きな京介としては。
ノーブラだもんな。
しょーがねーよな。
けど、な。
そのコト自体は、なんか嬉しーとしても、な。
それでも。
ここは何とか、頑張って欲しかった。
――ま、頑張ってたら頑張ってたで、何で吹きとばねーんだよ加奈子ノーブラだぞ?、つってたとは思うけど。
詰んでんなー、京介。
どっちにしても文句言われるの。逃げ場とかねーの。
そ。
逃がさねーよん?、京介。きひひ。
○
しかし……、
参ったな。
けっこー難しーぞ、エロ攻撃。
効くには効くっぽいけど。
むしろすげー威力だったけど。面白ぇくらいに。
でも、それじゃダメなんだよ。
全員同じように吹き飛ばれても、困るんだよ。
京介はテンション上がって、桐乃とあやせは下がる。
そーゆーふうに効いてくれねーと。
あはは。
我ながら、ムシのいーコト言ってんなー。
――なんて、笑ってる場合じゃなかった。
「――はい?」
「ちょ……っ」
「加奈子!?」
うわ。
復活しかけてるよ三人とも。早ぇよ。
京介だけなら良かったのに。
威力はすげーけど、効果は短ぇのか、エロ攻撃。
二回目からは、慣れちまうのかもな。
どーしよー。
いー手、まだ見つかってねーのに。
――って。
おろおろしてる場合でもねーな。
何かしねーと。
せめて、あやせだけでも固めねーと。
命に関わる。
そンでできれば、桐乃も固めたい。
そーなると……、
結局、エロ攻撃しかねーんだよなー。
また京介まで固めちまいそーだけど。
だからって、新しー作戦考えてる時間、今はねーし。
やるしかねー。
○
「だってぇ、替えの下着なんかぁ、持ち歩いてねーしぃ」
攻撃再開。
どーん。
「か、かかかか、加奈子!?」
桐乃、声裏返ってやんの。
ひひひ。
楽しんでねーで、すぐに次。
効果短ぇなら、連発するしかねーからな。
「パンツはともかくぅ、ブラは合う合わねーがあるしぃ、合わねーのはつけてらんねーしぃ」
どーん。
「ああああああああああなた何を……っ」
あやせは目ぇ見開いた。なんかじたばたもがいてる。あたしから離れよーとしてるっぽい。
どーやらよーやく、あたしの怖さが分かったみてーだ。
ひひひ。
でも、もー遅いぜ?
攻撃、まだまだ続くからな!
「つーか加奈子の場合ぃ、パンツも服も合わなくてぇ」
どーん。
「!!!」
あやせは固まった。
「!!!」
桐乃もきっと固まってる。
じゃあ――、
京介は?
「って、じゃ、まさか……」
お……?
固まって、ねー?
吹き飛んで、ねー?
今度は頑張った?
食いついてきた?
おおお。
やるじゃねーか京介。偉いえらい――、
って。
「『まさか』って何ヨ?」
加奈子の何が、「まさか」?
「いや……、その」
「はっきり言えヨ?」
「合わないのはつけてられない、つーから……、まさか、と」
……。
そっかー。
なるほどー。
こーゆーコトかなー?
合わねーのは着れねー。
↓
パンツも服も合わねー。
↓
加奈子まさか今まっぱ?
へー。
へぇえぇぇぇえええ。
「――そーゆーふうに考えんだぁ?」
すげーな京介。
さすがだわあたしのカレシぱねーわ。
思わず軽く尊敬しちまったけど常識的に考えろ。
「い、いやいやいやあくまで理屈じゃそうなるってだけで」
「だからって『まさかひとン家で全裸』とか思うかふつー?」
「本気で思ったワケじゃないですよ!?」
「たりめーだろ。いくら何でも全裸はねーよ。ちゃんと服着てるヨ」
「で、デスヨネー」
嘘つけ。
絶対期待したろハダカの加奈子。
――あー。
それでか。
それで今、耐えれたのか。
ホントなら吹き飛ぶとこだけど、逆に。
うぉおぉぉぉおおお吹き飛んでる場合じゃねー、とか思って。
だよなー。
そーでもなきゃ、頑張れねーよなー。
おかしーとは思ってたんだ(思ってたのヨ)。
でも、残念でした。
加奈子、ハダカじゃありませーん。
――違うか。
むしろ、「良かったな」か?
だって……、
「ま、ワイシャツ一枚だけどさ」
単なるハダカ以上だし?
「……」
「あ、悪ぃ。ちょっと嘘ついた。パンツははいてる」
「……」
「や、でも、ワイシャツはホント」
「……マジで?」
「マジで。京介の借りてんよー」
「そ、そっか……」
「ダメだった?」
「い……、いや……」
「だよなー。ごほーびだよなー、きょーすけ的にはー」
「……」
「――見たい?」
「……」
「加奈子はぁ、しょーじきなきょーすけがぁ、好きだなー」
「……見たいです」
「いーよん」
「……マジで?」
あたしはもっかい、
「いーよん」
つってから、
イベントでも出したコトねーよーな、
ベッドの上でしか出したコトねーよーな、
ハートまみれの甘々とろとろはちみつ声で、
「つーか――、来て?」
ゆーわくしてやった。
そしたら、
「はいっ!」
めちゃくちゃいい返事が来て、
「行くなぁ死ねぇえええぇ!」
「来るなぁ死ねぇえええぇ!」
向こうとこっちで同時に絶叫。
あはははははははは。
(おしまい)