やべー。
京介が見てんの、あたしはあたしでも、あたしの唇じゃん。
○
○
○
日曜日。
デートに来た。
遊園地デートだ。
京介と。もちろん。
すげー楽しかった。
ジェットコースターでは抱きついてやったし、ホラーハウスでも抱きついてやったし、でけー輪っかに柱が何本もぶら下がってて、その先にはゴンドラがついてて、ぐるぐる回って遠心力?、で浮いてくやつ(名前何だったかなコレ)でも抱きついてやったし、ウォータースライダーでもフリーフォールでもバイキング(食べ放題の方じゃなくて船がぐいんぐいんするやつの方な? 念のため)でも抱きついてやったし、それとコーヒーカップでも抱きついてやったし、プリクラでも抱きついてやったし、着ぐるみと写真撮ってもらう時も抱きついてやった(着ぐるみにじゃなくて、京介にな? 念のため)。
こーして思い出してみると、抱きつきまくりだなー。うへへ。
ま……、何つーの? 安全バー?、がジャマでぎゅっとできねーことばっかだったんだけどさ実は。気持ち的にはぎゅっとしてた、つーことで。やっぱ大事なのは気持ちだよな気持ち。
あと、腹減ったなーと思ったら京介も腹減ったなぁって言い出して面白かったし、なんか食おうぜっつーことになったんだけどそしたら店はどこもいっぱいで、しゃーねーなーって屋台でホットドッグとコーラ買って、でも実は昼メシの時にはあーんしたりさせたりしてやろーと計画してたから、それできないホットドッグじゃ当てが外れたワケで、だけどすぐにコレほっぺたについたケチャップなめさせるやつできるんじゃねって気がついてあたしすげーって自分でも驚いたんだけど、やってみたらちょっとやりすぎちまってふつーにティッシュで拭かれたチキショウ。それはそれで気持ち良かったから、良かったといや良かったけどな。
そんな感じで、すげー楽しかった。
ずっと笑ってた気がする。
時々は面白くねーコトも、なくはなかったけど。
絶叫系のやつ乗ろーとするたびに、いちーちスタッフが飛んできて身長測る板の前に立たされたりした。スタッフのあたしたちを見る目が、どーも恋人どうしを見る目じゃなくて、兄妹を見る目とか保護者+子供を見る目とかだったりもした。加奈子そんなちびっこっぽいか背なんかよゆーで足りてるっつーの覚えてろよあいつらまだ牛乳は続けてんだそのうちでかくなるぞ背もおっぱいもそーなってから謝っても遅ぇからな何言わせんだてめー。
そんなことはどーでもいいよくないけど。いい。
ムカつくコトもあるにはあった、つー話だ。
で、「あった」っつってもそのくらい、つー話だ。
「なかった」っつっても嘘にはならねーだろ、つー話だ。
――面倒くせーな。
もう、そうしちまうか。
全部楽しかった。
たくさん楽しかった。
これでよし。
○
そんなワケで。
気がついたら、そろそろ帰らなきゃなー、つー時間になってた。
楽しー日って、いつもこうだ。
最近はいつもこう、つってもいーかも。ひひ。今からのろけててどーすんだよ。まだ早い。まだ。
とにかく。
最後に何乗るべ、とか相談した。
けどそれは口だけのことで、実際のとこ、あたしたちは地図も何にも見ないでぶれずに一直線に、観覧車を目指したんだった。
だってほら、加奈子たち恋人どうしじゃん。何度も言うけど。何度でも言いたいけど恋人どうし。うへへ。だからまだ早いっての。
とにかくとにかく。
それなら。
恋人どうしなら。
デートのシメっつったら、観覧車だべ?
そーゆーもんだろ?
○
目の前をゆっくりじわじわ横に通りすぎていこうとするゴンドラに飛び乗ったら観覧車の担当に怒られた。怒られた、ってほどでもねーか。注意された。それも大げさかも。よーするになんかちょっと言われた。京介が頭を下げながら後から乗ってくる。
「飛び乗んなよ」
「へーい」
どーよ? 素直だろあたし。
けど京介の返事はため息だった。やれやれ仕方ねーなこいつは、つーオーラ出しまくりで。年上ぶりやがって。
ま、「へーい」はまずかったかも、とは思う。
とはいえあたしが「はい」とか言ったらそりゃそれでキモくね?、とも思う。素直すぎるっつーか、ヘタするとデコ熱測られるレベル何だとコラ。問題あんのか加奈子がいー返事したら。腹立ってきたな。けどデコ熱測られるのはいーな。デコtoデコなら言うことねー。そのうちやってみよー。ひひひ。
がしゃがしゃん、とゴンドラのドアが閉まる。
中の椅子に座る。京介は向かいの席に座った。並んで座りたかったな。いきなりそれは不自然か。ま、タイミング見てあっち側に移動すればいいだけだ。
京介を見る。
今日一日、ずっと京介しか見てねーけどな。それでも見る。
京介もこっち見てた。じっと見てる。
――あ。
やべー。
京介が見てんの、あたしはあたしでもあたしの唇じゃん。
それもガン見。
「見すぎじゃね?」
「うぉ!?」
ツッコんでやったら声出して驚いてやんの。オトナ面してたくせに真っ赤になっちゃって。可愛いやつ。けけけ。
「そりゃぁ加奈子もぉ? ぶっちゃけそのつもりだったけどぉ……、ちょおっとがっつきすぎじゃね?」
営業モードの可愛い声で、ねちっこく言ってやったら京介、しょんぼりして、
「……悪ぃ」だって。
別に悪かねーよ。
むしろ望むとこ?
こいつ基本、火のつき遅ぇからな。変に紳士的っつーか変に優しいっつーか変にためらうっつーか。もっとがーって来てもいーだろってとこで来ねーことけっこー多い。見た目犯罪っぽくなるから仕方ねーのかもしんねーけど誰が犯罪のターゲットだよところでコレ加奈子って罪な女っつーことにならね?
そんなことより。
京介の名誉のために言っとくと、こいつは確かに火ぃつくまでは時間かかっけど、一度燃え上がったら後はすげーからな? 熱ぃーし激しーし、しかも終わらねーし。や、終わらねーってことはねーんだけど、ほら、一回じゃ終わらねーから。すぐ次が始まっから。加奈子的には終わらねーのと同じって意味で。正直、こえーって思うことあるし。コレ加奈子死んじゃうんじゃね?、みたいな。なんかもう最後の方は体に力入んねーの動けねーの。そんで頭の方はワケ分かんなくなってて、知らん間に朝、とかわりとあるしどこまで言わせんだよ止めろよ。
そーじゃなくて。
せっかく京介がやる気になってんだから、カノジョとしては応えてやんねーとな。
――そーゆーこと。
○
「そっち行くぜ」
「お、おぅ」
京介は椅子の端に寄った。それでできたスペースにあたしは移る。
いきなりひざに座ってやればよかったかな。
「――きひ」
まだそんなにくっついてねーのに、それでも京介の体温が伝わってくる。なんか顔が笑っちまう。そんな嬉しーかあたし。嬉しーなぁ。けど笑ってるとキスするぞーって空気じゃなくなる気がする。我慢がまん。でも笑わねーようにしてるとよけいに笑えてくる。
それでプルプルしてたら京介のやつ、
「おりゃ」
わき腹に攻撃してきやがった。
「ぶふぉ」
変な声出た。色気がねー方のやつだ。それも全然ねーってレベルのだ。
何しやがる。さっきのツッコミの復讐か。
「てめー」
「加奈子は可愛いなぁ」
それを今、そんなニヤつきながら言われても。「面白ぇな」と同じくれーの意味だろ絶対。嬉しくも何ともねー。
――ねー、のにな。
「今ごろ分かったのかよばーか」
機嫌治っちまうんだから、マジチョロいわあたし。我ながら。
「へいへい」
わざとらしく肩をすくめて京介は言って、そんであたしを見た。じっと見た。
優しい顔。
少し笑顔。
「――加奈子」
呼ばれた。
――あー、ダメだ。
めちゃくちゃ嬉しくなってきた。
自分が喜んでるのが分かる。
それがオモテに出てるのが分かる。
隠す余裕、ねー。
いつもの笑い方、できねー。
憎たらしい感じにして誤魔化せねー。
何つーか……、ふつうに笑っちまう。
――あー、やべーわ。
ダメだわ、マジで。
丸出しになっちまう。
ダダ漏れになっちまう。
本心が。
あはは。
「きょーすけ」
だいすき。
目を閉じた。
○
キスしたらちょっと落ち着いた。
――つーとなんかキレイだけど、本当のコト言うと、ちょっと長くやりすぎて、息が続かなくなって、ふたりして「ぷはっ」とかやっちまって、せっかくの甘い空気が面白い空気になって、酔ってられなくなった、つーのが現実。
あーあ。
いー感じだったのにな。
けど……、
唇離すの惜しかったしな。
しょーがねーよな。
「きょーすけ」
「ん?」
「ひざ座っていい?」
「おう」
「ひひ」
京介の太ももに、横向きに座る。
京介の右腕があたしの肩を抱いて背中を支えた。お姫さま抱っこの一歩手前、つー体勢。
あたしは腰をひねる。胸と胸とを合わせるように。両手を伸ばして京介のほっぺたをはさんだ。
つかまえた。
「もっかいしよーぜ。ちゅー。もっかいだけ」
「――『もっかい』?」
京介は変な顔をした。
これからどんどんいちゃついてくんじゃないのかよ、みたいな。
観覧車まだ先は長ぇぞ、みたいな。
一回じゃ足りなくね?、みたいな。
よしよし。
あったまってるな、京介。
前フリ成功。
まずはそーゆーふうに、疑問に、不満に思わせたかった。
そーしとけば――、
「その分、すっげーやつすっから」
すげー破壊力の(そのはずだ)この予告が、もっとすげーもんになると思ったから。
ちょっと舌を出して、ぺろっと動かしてやる。ダメ押し。
京介は息を飲んだ。
「……えろいなー、お前」
「きひひ」
よしよし。
攻撃成功。大成功かも。
に、しても……。
べろちゅー宣言してやろー、それもタメ作ってしてやろー、そしたらどきどきするだろーし、どきどきさせられるんじゃね?、つーコトでやってみたんだけど。
思ってたよりどきどきする。やべー。
○
○
○
○
○
○
「――ぅはぁ」
「ふふぅ」
「……」
「……ひひ。すげー。やべー。えろい。えろすぎ」
「えろかったなー」
「食われるかと思った」
「……あー、俺。わりとそれに近い気分だったかもしれん」
「こえー」
「美味しくいただきました」
「厳選された一流の素材だけを使ってっからな」
「高級品なんだなー、お前」
「何言ってんだヨ今さら」
「へいへいお姫さま」
「にひひ――、な? きょーすけ?」
「何だ?」
「顔。近ぇなー」
「だな」
「だべ?」
「こんなに近いと――」
「ん」
「キスしやすいな」
「……『もっかいだけ』っつったのに」
「俺は言ってねぇし」
「ずるくね? ――んっ」
「ずるくねぇ」
「……ずりーよ」
「何で」
「……加奈子は、『もっかいだけ』って言っちまったもん」
「……」
「だからあたしからは、もうできねーもん」
「……」
「だから、ずりーよ」
「……」
「きょーすけ? ――んぐっ」
「可愛い台詞禁止」
「『禁止』?」
「威力すげぇんだよ。保たん」
「……おめーだって」
「何だ」
「『キスしやすい』とか。すげー台詞じゃね?」
「そうか?」
「ふつー、言えねーと思う」
「まぁ……、そうか。そうだな」
「だべ」
「――指摘されたら、なんか恥ずかしくなってきた」
「ま、あたしは――」
「うん?」
「好きだけどな、そーゆーの。どきどきする」
「……だから、可愛いこと言うなって」
「ん」
○
それから、ちゅっちゅされまくった。
一方的に、つーことだ。こっちからはできねーから。
最初は京介ばっかりずりー、って思ったけど、されまくってるうちに、コレもしかして正解だったんじゃね、って気もしてきた。
してもらうのって、いい。
なんかいい。
すげーいい。
――ただ。
ふとあたしは、なんか変な感じがしてるコトに気がついた。
それで妙に落ち着かなくて、
体が勝手にもがいちまって、
そしたら京介、びくって体をカタくした。
――あぁ、そっか。
○
「なぁ……、きょ・お・す・け?」
「いや、大丈夫だ」
「即答かよ」
「大丈夫だからな」
「嘘だろ。つか、まだ何も言ってねーし」
「何であれ大丈夫だ。問題ない」
「問題なくはねーだろ――、コレ」
「なくはなく、ない。大丈夫だ」
「大丈夫じゃねーって。なんかパンパンになってるぞ」
「素数でも数えれば治まる。大丈夫だ」
「ンなもん数えんなデート中に」
「――自分でもそう思うが、こうなっちまったらコレ、そうでもしねぇと治まらねぇんだよ」
「『こうなっちまったら』……、ね。ひひ」
「う……。仕方ねぇだろ……、観覧車で彼女ひざに乗せて、それで……、あんな」
「べろちゅー」
「――して、で……」
「『で』?」
「なんかもう、やたら可愛いし」
「……お、お、おお、おぅ」
「それでこうならなかったら嘘ってもんだろ。そりゃスタンバっちまうよどうしても! そういうもんなんスよ! 避けられねぇんスよ!」
「――うわ、開き直った」
「ヒかないでほしいっス」
「ヒきゃしねーけど……、どっちかっつーと嬉しーし」
「……」
「なんか反応が」
「そういうこと言われるとテンション上がっちゃうんですすいません」
「京介大好き」
「……」
「反応ねーな」
「気持ちこもってないとダメなんですすいません」
「ゼータクなやつだなー」
「そうなんスよ。コイツってば好き嫌い激しくて。大好物以外食べようとしない」
「……」
「……すいません」
「ドヤ顔ですげー台詞決めよーとしてくれたとこ悪ぃけど、今の最低だからな?」
「マジすいませんでした!」
「あとそろそろその敬語やめろ」
「……おぅ」
「……」
「……」
「で、どうすんのコレ」
「――早いとこ治めねぇとマズい」
「だべなぁ」
「ゴンドラ降りれん」
「だろーなぁ」
「だが、このままじゃ治まるもんも治まらねぇ……、から」
「――『下りろ』って? ひざから」
「すまん」
「え〜?」
「『え〜』て」
「加奈子ぉ、ここがいい〜」
「おい」
「冗談じょうだん」
「お前なぁ……」
「――あのさ、京介?」
「うん?」
「本当はそんなに冗談でもねーよ?」
「……」
「なんか反応が」
「そういうこと言われるとテンション上がっちゃうんですすいません」
○
京介から下りて、元の席に戻る。
つっても、すぐとなり、ぴったりとなりのことだ。
向かいの椅子にまで戻ったりはしねー。するもんか。
「で、治まんのソレ?」
「……できれば、身体押しつけるのも止めてくれ」
「文句ばっかり言いやがる」
「つか、わざとやってるだろ」
「まーな」
楽しい。
けど、ちょっと離れる。
ゴールは近い。ガチで歩けねーゴンドラ降りれねー、つーのはさすがに困る。
「で、治まんのソレ?」
あらためて聞いた。
「治めてみせる」
京介は真顔で答えた。
かっけー……、のか?
違わね?、つー気がするぞ。
○
京介はマジで何やら考え始めた。
目ぇ閉じてむずかしー顔。本当に素数かぞえてんのだろうか。何だっけ素数って。や、どーでもいーんだ素数とかは。
問題なのは、この状況。
デートの最中にカレシがカノジョ以外のことを考えてます。
それもちょー真剣に。
――どーしてこーなった。
や、分かってっけどな。
いくらあたしでも、そのくらいは。
でも……、な。
それでも……、な。
じゃー納得してんのか、つーと……、な?
どーしても……、な?
「放置プレイって、なくね?」とまでは思わねーにしても、
「つまんねー」くらいには思うワケで、
――あー。
やめやめ。
ごちゃごちゃ考えるの、得意じゃねーし。
ぶっちゃけちまおう。
眉間にシワまで作ってる京介見てたら、いじりたくなった。
――つまり、そんだけのこと。
○
座ったまま京介の方に、上半身だけ乗り出す。
京介のひざに手を置いて、
肩なんかわざとぶつけて、
声はとーぜん、営業モードの甘いやつで、
「きょーすけ?」
「だから、加奈子……、そういうコトされると……」
文句を言いかける京介に、
あたしは、
ゆっくり、ささやいた。
「素数とかよりぃ……、出しちゃった方が、早くね?」
「う……、うぉおおおぉぉぉ!」
「おおお」
素でびっくりしちまった。営業モードが切れる。
「『おおお』じゃねぇえええぇぇぇ! おおおお前ぇぇぇ! お前なぁ! 加奈子ぉおぉぉぉ!」
やべー。予想以上のリアクション来た。
何コレ野獣?
「無駄になった! 今俺の努力一瞬で無駄になったよ!」
「ムダっつーか、悪化したよな」
「まったくだよ!」
「うはははは」
京介は面白ぇなー。
「笑いごとかぁあああぁぁぁ!」
かなり。
でも言うのはやめとく。
今だと何されるか分かんねー。
――何させられるか、だったりして。
試してみてもいーかも。なんつってな。ひひ。
それはともかく。
「だって、さー」
営業モード、再開。わざとらしいくらいスネてみせる。「デート中に他のこと考える、って……、なくね?」
「お前のことしか考えられなかった結果がコレなんだよ!」
――う、うぉお……。
なんかすげー直球、来た。
胸に。ずきゅーん、と。
――そう。
これだ。
これこれ。
これが、さっき言ったやつ。
燃え上がった京介。
熱くて激しい。
――どきどきしてきた。
いい感じ。
すっげー、いい感じ。
もっと、
もっとどきどきしたい。
もっとどきどきさせたい。
――たとえ、この先は危ねー橋だったとしても。
「じゃあ……、加奈子がセキニン、とらねーと」
「せ……っ、『セキニン』て」
「おっきくさせちゃった、セ・キ・ニ・ン」
「――だから! だからそういうコトを!」
「どーしたら……、いーかな?」
「い……、いやいやいやいや、いや!」
あはは。
揺れてる。
京介揺れてる。
――でも、揺れが足りねーな。まだ。
「けど……、ソレ。苦しくね?」
「苦しいけども!」
「きつくね? きゅーくつじゃね?」
「窮屈だけども!」
「だったら」
「――だ、ダメだ! ダメ! やっぱダメ!」
あはは。
考えた。
京介今考えた。
かたむいてる。
かなり、かたむいてる。
気持ちが、エロい方に。エロいやつ。エロ京介。
――もうひと押しかな?
きひひ。
どきどき。
「でもぉ」
「ダメだっつの! ほれ……、下までもうすぐだし!」
京介が窓の外を見た。
確かに。
地面は近い。
――そういや結局、景色見なかったな。
何のためにコレ乗ったんだか。
そんなの決まってるけどな!
「大丈夫だいじょうぶ」
目の前であせっている「乗った理由」に、ガンガン燃料を放り込むあたし。「いけるいける。一回くれーならいけるって」
「――俺って……、ひょっとして、早ぇ?」
お?
なんか話が変な方向に。
落ち込ませてどーする。
京介を傷つけてーワケじゃねーし。
フォローしねーと。
手間のかかるやつだなー。
「そーじゃなくて。加奈子ががんばれば、つーコト」
「が……、『がんばる』ぅ!?」
早ぇなー、京介。
立ち直りの話な?
「もぉ、がんばっちゃう」
「うぉお……」
京介、プルプルしてる。
理性、キレる寸前っぽい。
――時間の問題かな。襲われるの。
そんなカレシに、あたしはさらに顔を、口を寄せて、
「だって……、さ」
とっときの爆弾を落とす。
「そーでもしねーと、帰り道で襲われそーだし?」
「か……、かえり、みち?」
「加奈子ぉ、ヤだよ? 駅のトイレでとかぁ、公園の茂みでとかぁ、そぉゆぅのは」
「う……、うぉおおおぉぉぉおおおぉぉぉっ!」
京介は叫んだ。
つか、吠えた。
想像してくれたらしい。『そぉゆぅの』を。こっちの期待通りに。
あたしの両肩を、がっとつかんで、
「だから……、ここで? 今から? マジで?」
目が血走ってる。こえー。
鼻息が荒い。こえー。
爆弾、でかすぎたかも。
大丈夫だろーか――、
ネタバラシしても。
実は、オチが用意してある。
どきどきはしたかったけど、それ以上のコトをするつもりはなかったし。
少なくとも、こんなとこでは。
でも……、
不安になってきた。
――大丈夫だろーか。
止まってくれるだろーか、ってのと、
許してくれるだろーか、ってのと、
両方の意味で。
大丈夫だとは思うけど。
京介だから。
きっと、無茶はしねー。
きっと、愛想つかしたりしねー。
しねー、はず。
たぶん。
しない。
しないしない。
――しねーよな?
おそるおそるなのを隠すために、
そしてオチのために、
あたしは営業じゃないモードに切り替えた。
「なワケ、ねーじゃん?」
「――へ?」
「観覧車の中だって、『そぉゆうの』だろ」
「え……」
「ヤだヨ、こんなとこじゃ。ダメ。オアズケ」
ぽかーん、とする京介に、
にぃー、と笑ってみせる。
「めーっちゃくちゃ期待してたとこ、悪ぃけどな」
京介は――、
「あぁあああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!?」
真っ赤になると、
あたしを突き飛ばすようにして、体と体を離して、
頭をかかえた。
――分かったらしい。
からかわれてた、って。
「お……、お前、なぁ……」
ぼそぼそ言ってる。
コレ泣いてね?
「そんな悔しーか」
にひひ、と笑ってやる。あえて。
「ひでぇ……、ひでぇよ……、男の純情を何だと思って……」
悔しーらしい。
でも。
「そんなフジュンな純情があるかヨ」
「う」
痛いとこだったらしい。
恨みがましい目で京介は、あたしをにらむ。
「加奈子ぉ……、お前、覚えてろよ……」
どんよりと言われて、
あたしは、うなずいてやった。
「おぅ」
「――『おぅ』?」
「『ご宿泊』で徹夜コース、覚悟はもうできてるぜ?」
「え――」
「言ったろ? 『こんなとこじゃ』ダメ、って」
――ダメじゃないとこだったら、いーよ?
「……だからそういうコト言うなってばせっかく治まってのにまた台無しだろうがぁあああ!」
「きひ」
観覧車が下に着いた。
「で、降りれそう?」
「……難しい」
(おしまい)