同一のテーマのレポートの途中で、発表者/記述者が替わるのは、本来、望ましくないことだろう、とは思う。
しかし。
やむをえない事情により、彼/彼女は志半ばにして、戦線を離脱しなければならなくなった、という場合においては、その遺志はこれを、残された者が、まだ戦える者が、継ぐべきではないだろうか。レポートに完結を迎えさせるべきではないだろうか。
「望ましくない」というならば――、
論文が未完で終わってしまうこと、それの方こそ、もっと望ましくないことであろうから。
*
ここで、「志半ばにして戦線を離脱した者」とは、クリスティーネ・ケープケネディのことである。
私たちのパーティのメディックだ。
彼女は倒れた。
倒れてしまった。
気絶してしまった。
戦闘不能になってしまった。
ここが迷宮の奥底であったならば、私たちは、お察しください……、な末路を歩んでいたところである。
けれども。
現在、私たちが立っているのは、幸いにも、武具屋さんの店内であるからして、その手の心配に関しては、する必要はなかった。
ひとカケラも。
それが証拠に、見よ――。
……。
――あー。
えぇと。
ついつい、勢いで「見よ」とか言っちゃったけど……。
これは、見せびらかすべきものじゃないかもしれない。
……。
つまり。
話題のクリスさんの、寝顔というか、より正確には気絶顔というか、その表情の、あまりといえばあまりにも安らかなるところを根拠として提示することで、今まさにパーティに及ばんとする危険はない、という主張に説得力を持たせようと、私はしたわけだ。
――わけ、な、ものの。
ちょっと訂正したい。
もっとも、主張の方針は変わらないのだが。
危険がないことには、変わりはないのだが。
ただ――。
「安らかなる」という表現。
そこが、不適切だと思うので。
その言葉によって想起されるのは、静かな感じ、綺麗な感じ、いっそ美しい感じですら、あろう。
違うのだ。
クリスさんの寝顔は、違うのだ。
そんなんじゃありませんのだ。
ゆるんでるのだ。
ゆるみきってるのだ。
口元なんか、にへらへらんっ、と半開きなのだ。
このまま放っておけば、遠くない将来、唇の端っこから、てろーん、とヨダレが垂れるのは必定なのだ。
それでいて、
――それというのも、といった方がいいか、
彼女の手は、すにこさんの服のすそをしっかりとつかんでいて、離そうとしなかったりも、しているのだ。
これのどこが、「安らかなる」か。
静かか、綺麗か、美しいか。
そこで、訂正したい、と考えた次第である。
代替案、妥当な形容としては、「幸せそうな」あたりだろうか。
*
それにしても――、
やれやれ、テーマを見失いがちである。
完全に見失ってしまう前に、仕切り直そうと思う。
本題に戻ろう。
レポートの続きに戻ろう。
あらすじ、おさらいを交えつつ……。
あれから、どうなったのか、
今、どうなっているのか、
語ろうと思う。
順番が前後してしまって、重複する箇所もあるだろう。そこはご容赦いただきたい。
*
防具を新調しようとした、私たち。
身体測定をすることになり、だがその初っ端から、保健委員たるクリスさんが卒倒してしまう。これが前回までのあらすじである。3行で済むじゃないか。と書いたら4行になってしまったじゃないか。それはさておき。とうとう5行になってしまったが、それはさておき。
「ねぇねぇ……、どうしよう。くりすけ、気絶しちゃったよ」
「『気絶させた』んでしょ、あんたが。馬鹿」
「どうする?」
「聞くな馬鹿。あんたが何とかしなさいよ馬鹿」
「うーん……、まぁ、そうよね……。
くりすけの初めて、奪っちゃったんだもんね。奪った本人がセキニンとるのが筋よね」
「……っ!?」
「何?」
「な……、なに!? 何その言い方!?」
「『何』も何も……、
くりすけの初めての戦闘不能状態は、私こと小笠原すにこに精神力を刈りとられることにより、もたらされました。つきましては、刈りとった本人が何とかするのが、道理というものでございましょう――という意味」
「わざわざ微妙な表現するな馬鹿!」
「微妙な方の意味に勘違いするどりりんもどりりんだと思うよ」
「っ!?」
「どりりんのえっちー」
「え、えっち、って……、だだだ黙りなさい馬鹿!」
どりりさんは、爆発し、燃えあがり、
すにこさんは、武具屋さんに長椅子を借り、クリスさんを抱えたまま(というのも、クリスさんに、その服のすそをつかまれてしまっているので)とりあえず座って、それからあらためて、彼女を寝かせ、
クリスさんは、膝枕されて、へろへろにゆるみきった顔を見せ、そのまま眠りこみ、戦線を離脱してしまい、
ニーチェさんは、そんな3人の様子を、面白そうに眺め、
で。
私は、クリスさんの仕事を、(自分の中で、勝手に)引き継ぐことに決めて――、
ところで。
厳密にいうと、私がクリスさんから引き継いだのは、「レポータとしての仕事」の方だけである。
より肝心な方の仕事、すなわち、「保健委員としての仕事」の方は、引き継がなかった。
というより、
引き継げなかった。
先に、「私がやる」と手を挙げたひとがいたからだ。
「セキニン持って、私がやる」と。
そう。
それは、すにこさん。
何か問題が起きるぞ、と思ったものだ。
どりりさんや、ニーチェさんも、思ったに違いない。
その予想は、果たして、外れなかった。
問題は起きた。
――起きている。
私の目の前で。
ちょうど、今。
今ここ、である。
*
「――じゃあニーチェ、胸囲測るから腕上げて」
「はーい」
「……」
「……」
「……あー、ごめん。ちょっとこっち寄ってくれる?
私、動けないからさ」
「いいけど……」
「何?」
「クリスちゃんに膝枕するの、やめた方が早いと思うな。僕」
「まぁ、そうなんだけどね。でも、服も握られちゃってるし」
「はいはい。いいよいいよ。判ったよ判ったよ。
――……こう?」
「うーん、ギリギリ届かないなぁ……。
――あ。
そうね。かがんでくれる? 前かがみ。お辞儀するみたいに」
「注文、多いなぁ……。
――……これでいい?」
「うん。良し良し。実に良し」
「時々、妙に偉そうだよね、すにこって」
「うーむ……」
「どうしたの?」
「ん……、
こう、『どうぞ触ってください』といわんばかりに、目の前に胸を差し出されてるのって、かえって恥ずかしいものだなぁ、と」
「いわんとしてないからね、僕」
「なんだ」
「残念そう?
――どうでもいいけど、この姿勢、つらいよ。腰とか」
「どうでもいいなら、我慢して」
「時々、苦情をストレートに斬って捨てるよね、すにこって」
「では、測りまーす」
「時々、ハナシ聞かないよね、すにこって――。
ひゃうんっ」
「……」
「……」
「……これこれ、そんな可愛い悲鳴を挙げてはいけない」
「そんなコト言われても……。冷たかったんだもん、巻き尺」
「けしからんぞ」
「『けしからん』って言われた!」
「で……、と。
ニーチェ、トップバスト……、えー、 93cm 」
「爆乳だったんだ、僕!」
「ちなみに、嘘です」
「ちなまれなくても、判るって」
「フムン」
「――自分のならともかく、ひとのバストのサバ読むひとって、僕、初めて見たなぁ」
「ニーチェの初めてまで奪っちゃったのか、私」
「時々、ひとつのネタにこだわるよね、すにこって」
「それじゃ、次はアンダー測りまーす」
「時々、切り替えがやたら早いよね、すにこって。
――自分で言うもどうかと思うけど、それ測る必要、ある?」
「そこそこ」
「『そこそこ』……、ね」
「いや。真面目な話、そこそこあるよ」
「必要が、そこそこ?」
「ニーチェの胸が、そこそこ」
*
――問題がある、と思う。
どこがどのように、と聞かれると、困るけど……。
具体的には、説明しにくい。
でも、問題だと思う。
何というか……、
うん。
それこそ、「けしからん」という感じ。
*
さて。
ニーチェさんの、けしからん身体測定は、次の段階――アンダーバスト――へと移っている。
以後、ウエストへ、ヒップへと続くはずだ。
はずだ、けど。
それは、省略させていただきたい。
何故って――。
(続く)