目が覚めた。
すっきりした目覚めだった。
起きるのに、ちょうどいいタイミングだったに違いない。
つまり、これよりも早いタイミングだったら、寝たりない……、って二度寝しちゃってただろうし、遅いタイミングだったら、寝すぎた、だるい……、って、やっぱり二度寝しちゃってただろう、ということ。
僕は起きる。
起きる前に、うーん、と背伸び。
それから、はっ、と腹筋で起きあがる。
ベッドの上に、足を投げ出してる形。
ひざを曲げて、横座りになる――。
「おはよ、ニーチェ」
そこに、声をかけられた。
ちょっとびっくり。
そして、ちょっとがっかり。
今日こそ、僕が一番だと思ってたのになぁ。
*
声をかけてきたのは……、って、そっちの方を見る。
見なくても、判ってるけどね。
声で判るし。
それに、
僕より早起きなひと、っていったら、ひとりしかいないし。
――僕は、そのひとに、あいさつを返す。
「おはよう、すにこ」
そう。
それは、すにこだ。
すにこは、ベッドの端に腰かけて、僕を見てる。
微笑してる。
――微・微笑、くらいかな。
笑ってる、というと大げさで、
でも、素、というのとも違う。
そういう顔。
そういう――、
とっくに、完全に、目が覚めてる顔。
ってことは、すにこが起きたのは、僕よりもずいぶん前、ってことになる。
今日の早起き勝負は、
――今日の早起き勝負も、
僕の負け、だったみたい。
しかも、惜しくも何ともない、という差をつけられての負け、だったみたい。
*
何回か、森でキャンプを張ってる内に、明らかになった事実がある。
それは、僕たちの中で一番早起きなのは、すにこだ、ってこと。
キャンプでは、みんなをふたつのグループに分けて、交替で休憩や仮眠をとったりするわけだけど――。
そうだね。
例えば、僕とすにことが、一緒のグループになったとしようか。
――さぁ、僕たちの休憩する番が来ました。
おやすみなさーい。
ぐうぐう。
……。
しばらくして、僕、起きる。
すると、その時――、
僕が起きた時には既に、すにこは起きてる。
他のひとは、まだ寝てる。
今日みたいに。
そんな感じになる。
反対に、違うグループになったとする。
――さぁ、すにこたちが休憩する番です。
つまり、僕たちは見張りをする番です。
すにこは、ころん、と眠っちゃう。
ぐうぐう寝てるなぁ。
……。
しばらくして、僕、そろそろ交替の時間だなー、って思い始める。
すると、ちょうどその時――、
すにこは、ぱっと目覚める。
他の誰よりも早く。
そんな感じになる。
そんな感じになるのを見ていて、僕は、結論を出した。
僕たちの中で一番寝起きがいいのは、すにこらしい――って。
意外、だよね。
むしろ、一番お寝坊さんっぽいのにさ。すにこって。
そんな風に言ったら、失礼かな。
ま、いっか。
*
ところで。
最初に負けた時には、特に悔しいとか、そんなことはなかった。
その時、っていうのはつまり、初めてのパーティ、初めての冒険、初めての戦闘に、初めてのキャンプ――と、初めてづくしっていう時、だからね。
疲れてたんだなぁ、僕。
爆睡しちゃったんだなぁ、僕。
そう思っただけだった。
けど、何度かキャンプをする内に、どうもおかしいぞ、って気がしてくるわけ。
ついには、その事実を認めなきゃいけなくなったわけ。
「すにこはどうやら、僕よりも早起きさんだ」。
そうなると、早起きには自信のある方(単なる思いこみじゃないよ。実際、すにこ以外のみんなよりは、いつも早く起きてるし)な僕としては、思わざるをえない。
負けてられないぞ、って。
勝つぞ、って。
そう思って、それ以来ずっと、今日こそはすにこよりも早く起きてやろう、いやいや今度ばかりは負けられないぞぅ、って、すにこと同じグループになるたびに、競争してる(といっても別に、すにこに挑戦状を叩きつけて、はっきり白黒つけようとはしてないよ。僕の方が、一方的に、心の中でやってることにすぎない)僕なんだけど、勝てた試しは、まだ、ない。
今日も負けだったしさ。
*
防衛戦を今日も勝ったすにこは、ベッドに腰かけてるんだけど、
「ねぇ、ニーチェ」
と僕を呼んだんだ。
何だろ?、って思って、そう聞いたら、
「ちょっと、聞いてもいい?」
だって。
何を聞かれるんだろう、って考えるまでもなく、すぐに心当たりがある僕だった。
ほら。
昨日の、どりりんの復讐劇に手を貸したこと。
あれについて、文句を言われるのかなぁ、って。
すにこには済まないことをした、って思わなくもないものの……、
でも、あれって、
悪いの、すにこだよね。
それに、さ。
どりりん、怖かったし。
逆らいたくなかったし。僕までターゲットにされかねない。
――そういう方向で説得、っていうか、ぶっちゃけ、言い訳しようって決めつつ、心の準備をしてたら、なのに、すにこが言ったのは、全然別のことだった。
「ニーチェってさ、寝る時の方が重装備なのは、何で?」
え?
僕は自分を見下ろす。
パジャマだ。
――うーん。
そうだね。
まぁ、確かに、ね。
重装備だね。今の僕。
森の中に冒険に出る時よりも。
おへそも、おなかも、胸元も出てないし。
下だって透けてないし。
露出度、低いね。
変だね。
おかしいね。
けど……、
そんな疑問、いだくものかなぁ、普通。
しかも、聞くかなぁ、普通。
すにこは、よく判らないひとだ。
*
どう答えればいいのかなぁ、って悩んでると、すにこは、
「いい、いい。聞いてみただけ」
なんて手を振って、自分から話題を打ち切っちゃった。
本当に疑問に思ったんじゃないみたいだった。
ふと思い浮かんだことを、そのまま口にしただけ、みたいだった。
僕としては、せいぜい、そういう習慣だから、くらいの答しか用意できそうになかったし、正直、助かった、ではあった。
でも、そうして、ほっ、としながらも、移り気だなぁ、と呆れないでもなかったりして。
*
そうこうしてる内に、うにゃー、とか、むー、とかって鳴き声みたいなのが聞こえてきたり、ぎしー、ってベッドのきしむ音が聞こえてきたりする。
その出どころの方を見る。
まず、すずめちゃん。
すずめちゃんが、起きあがってる。
でも、まだ半分寝てる顔。
それから、クリスちゃん。
クリスちゃんは、ちょうど、むくー……っ、と起きあがってくるところ。
すずめちゃんにつられた、みたいなタイミングだね。
こっちもやっぱり、まだ寝てる顔。
ただし――、
半分どころじゃない。
8割は寝てる。
目、開いてないし。
寝癖、すごいし。
寝癖は関係ないか。
……。
――あれ?
クリスちゃん、もしかして、また寝ちゃってない?
座ったままで。
そんな、寝てるとも起きてるとも言えないふたりに、
「おはよ、すずめちゃん、くりすけ」
すにこが、ごあいさつした。
すると。
すずめちゃんってば――、
何故かやたら深々と、折り目正しく、頭を下げた。
「おはようございます」
だって。
これって……、
寝惚けてるよね。かえって。
じゃあ、クリスちゃんはどうした?、っていうと――、
寝てるままだ。
それでいて、聞こえてるらしいような反応を、どことなく示していたりして。
だって、ほら、
すにこの方に、顔を向けようとしてるよ……、
……。
――向かないなぁ。
時間、かかるなぁ。
……。
――あぁ、向いた向いた。
良かった良かった。
すにこの方を、やった向いたクリスちゃん、
「おはひょうごじゃいまひゅ」
とか言った。
それから……、
べちょ。
――あ。
……。
――たぶん……、だけどね。
僕が思うに、だけどね。
クリスちゃんも、お辞儀をしようとしたはず。
でも、
頭を下げていった、クリスちゃん。
上半身のかたむきが、ある角度を過ぎたあたりから、「下げる」が「下がる」になった感じでね。
顔から、突っこんでったよ。
おフトンに。
べちょ、っていうのは、その音ね。
それで、
そのまま、動かなくなっちゃった。
寝惚けてるとかってレヴェルじゃないぞ、これ。
*
さて、と……。
……。
うん……。
判ってるよ。
忘れてる、ってわけじゃないよ。
ちゃんと認識してるよ。
ここにいない、ってわけでもないし。
ちゃんと、いるし。
そう……。
もうひとり、いるよね。
僕らのパーティには、さ。
つまり――、
どりりんが、ね。
どりりんは、どうしてるのか、っていうと……、
……。
寝てる。
まだ寝てる。
……。
できれば、このまま、そっとしておきたい……。
……。
とは、いえ……、
本当にこのまま、放置してしまうことはできないんだって、僕たちは知ってるから……。
避けては通れないことなんだから……。
だから。
ここで僕は、どりりんのことについて、触れようと思う。
……。
――あのね?
どりりんって、ね?
どりりんの寝起きって、ね?
……。
僕のこんな口振りで、だいたいのところは、とっくに察してくれてることだろうけど……。
……。
えっと……。
控えめに言うよ?
これはあくまで、控えめ、の話だよ?
どりりんの寝起きって――、
(激しく良くない……)
これであった。
……。
――え?
「どこが控えめか」?
「ムジュンしてる」?
違うんだよ……。
本当に、控えめなんだよ、これでも。
恐ろしいことに、ムジュンしてないんだよ、これが。
「控えめに言って、激しい」んだよ。
言った通りに受けとってほしい。
疑わないでほしい。
信じられないのは、
――信じたくないのは、
むしろ僕たちの方なんだからさ。
――え?
「じゃあ、控えめでなく、ストレートに言ったら、どうなる」?
うーん。
……言えないなぁ。
――うん?
あ、違う違う。
違うよ。そうじゃない。
「ストレートに言っちゃったら、後でどんな目に遭わされるか知れたものじゃない。本当は知れてるけど、知りたくない。どっちにしても、だから言えない」とかじゃない。
そういう部分もあることは、指定しないけどさ。
ここでは、違う意味なんだ。
ここでの意味は、もっと単純。
「あの状態を言葉で表現するなんて、無理」。
そういうこと。
言い換えれば、
「言葉で表現しようとすると、どうしたって、『控えめ』なことになってしまう」。
そういうこと。
ほら。
「気持ちは、それを言葉にした途端に、嘘になる」って言うよね?
言わないかな?
言うってことにしとこうよ。
とにかく、それみたいな感じ。
――めちゃくちゃなんだよ? どりりんの寝起き。
僕たち、よく生きてるなぁ、って思うくらい。
……。
――え?
あぁ……、うん。
まぁ、ね。実を言うと、そう。
少し大げさには、言ってみた。
*
さんざんに書いておいて(でも、捏造はしてないからね?)今さらだけど、どりりんの名誉のために、つけ加えておこうと思う。
どりりんは寝起きが悪くて、暴れる。
これは、確かなこと。
――そういえば。
すにこが早起きなのも、意外なことだけど、どりりんの寝起きが悪いのも、意外なことだよね。
血圧、僕たちの中で、一番高そうなのにさ。
ともあれ。
どりりんが暴れるのは、確かなことで。
けど……、
そこにわざわざ、火に油をそそぐひとがいる、っていうのも、
「暴れる」を、「大暴れする」に、ブーストアップさせちゃうひとがいる、っていうのも、
これもまた、確かなことなんだ。
――うん。
正解だよ。それで。
そう。
すにこ。
すにこがね。
寝起きのどりりんに、要らないことをするんだよ。
それで、どりりんに火がつく。
大変なことになる。
ただ……、
じゃあ、悪いのはすにこか、っていうと、あながち、そうとばかりも言えないんじゃないかな、って、これは僕の意見。
だって、さ。
どりりんに刺激を加えよう、ってすにこが動き出すのは、
「そろそろ本当に起きなよどりりん、置いてっちゃうよ?」
――って頃、だからね。
すにこが要らないことをするからこそ、状況は打開される。
それはいわば最後の手段。
それはいわば荒療治。
そういう見方も、できるし。
――なんて、今度はすにこのフォローに回ってもみつつ。
それでも。
それでも、ね。
すにこはちょっと、やりすぎるから。
フォローしてばかりも、いられなかったりして……。
――あ。
すにこがイタズラ、始めた。
*
すにこが、どりりんの肩を揺すぶってる。
――え?
「普通だ」?
まぁ、最初だから、ね。
最初の内は、いつも、普通なんだ。
普通な間に、どりりんが起きてくれたら、僕たちの朝はどんなに平和に始まることだろう、って、いつも思う。
でも、ダメ。
その願いが叶ったこと、ない。
僕らが空に夢見た理想の朝は、すにこの起こし方では届かない。
どりりんは起きない。
どりりんが起きない――と、
すにこの行動は、エスカレートする。
――ほらほら。
言ってるそばから……、
すにこ、どりりんのほっぺたをつんつん、やりはじめた。
――わ。
鼻をつまんだぞ。
――うは。
耳を倒して、「ギョウザー」とか言ってる。
――えぇえ。
唇を……、
どう言ったらいいのかなぁ。
指先で、びろびろびろ、って続けざまに弾く、みたいなこと。
――ちょ。
ちょっとそれは。
すにこ、ベッドによじ登った。
添い寝する気?
――わわわ。
したした。
した、添い寝。
――って。
あぁあ。
どりりんの耳に、すにこ、唇を……、
すっごい近づけた!
何するつもりだろ……、
まさか、
ちゅー、とか?
まさかまさか、
噛む……、とか?
……。
――あれ?
違うなぁ。
何か言ってるだけだ。
ささやいてるだけだ。
何なに……?
「お寝坊さんは、襲っちゃうぞー」?
*
そして。
すにこに耳を、ふーっ、ってされて、
「ひゃあっ!」
とうとう飛び起きる、どりりんだった。
真っ赤になってる、どりりんだった。
なんか、ふるふるふるえてる、どりりんだった。
半泣きになってる、どりりんだった。
それを見てて、
あーあ、と思う僕だった。
ダメだ。
もうダメだよ。
すにこは、おしまいだよ。
そう思う、僕だった。
というのも――。
今はどりりん、ああしてテラー状態、おびえて動けない、みたいになってるけどさ。
すぐ、回復するからね。
そしたら、暴れ出すからね。
大暴れするからね。
大丈夫かなぁ……。
この部屋とか。
すにこの命運とか。
*
それにしても――。
すごいよね、すにこって。
何度も何度も、どりりんに要らないことを言ったりしたりしては、痛い目に遭わされてる、っていうのに、全然懲りないんだから。
すごいよね。
あの不屈さは、見習うべき……、
なのかなぁ。
違うか。やっぱり。
*
ところで。
最後に、ひとつだけ、指摘しておこうと思う。
すにこは、確かにすごい。
しかし。
実をいうと今、僕たちは、すにこ以上にすごいひとを、発見できちゃう場面にいるんだよ。
そういうことを指摘して、締めくくりとしようと思う。
*
「すにこ以上にすごいひと」。
誰か、っていうと――、
クリスちゃん。
じゃあ、
クリスちゃんの何が、そんなにすごいのか、っていうと――、
クリスちゃんてば、ね。
べちょっ、ってうつぶせだった。
それが、
すにこの、例の、どりりんへのささやきを聞くやいなや……、
がばっ、と起きあがって、
あんなに細かったその目が、ぱっちり、開いてて、
覚醒してて、
覚醒してる、っていうのに、
ベッドに逆戻りして、
おフトンにもぐりこんで、
「ぐうぐう……」
っていびきを、口で言って、
「うーん、くりすけはお寝坊さんでーす……」
って寝言を、
はきはき、しゃべった。
――どう聞いてもタヌキ寝入りです。
――本当にありがとうございました。
ね?
すごいでしょ、クリスちゃんって。
襲われたいのかいっ、だよね。
僕、いっそ、感動すらしたかもだよ。