まぁ、何にしても――と馬鹿は言う。
「広場をグルグル回ってた理由……、判ってはもらえたみたいで、良かった。
じゃあ、続きを……」
まさにそのグルグル歩行を再開しようとしているのだろう、言いながら踵を返す馬鹿を、しかし、私は引き止める。
「待ちなさい」
すると、
馬鹿は足を止め、
ゆっくりと、再びこちらを振り返り、
そして、
視線を下げた。
馬鹿は、自分の胸元を見ている。
――何だその行動。
何故だ。
意味不明だ。
「何してるのよ」
問うと、
「ん」
馬鹿は顔を挙げて、答えた。
「いや……、タイが曲がってるのかしらー、と」
「あんた、タイなんかしてないじゃない」
「そうなんだけどね」
馬鹿はあいまいに笑った。
何なのよ、馬鹿。
*
「それで」
タイ捜しはあきらめた様子――そんなもの、そもそも最初からありはしないというのに!――の馬鹿が、その次に見せたのは、
「どうしたっていうの?」
という、何かを疑問に思う様子だった。
「話は終わったんじゃないの?」。
そんなところだろうか。
冗談じゃない。
「どうしたもこうしたも」
「私たち、合意に至ったんじゃ……、なかったっけ?」
「至ってないわよ、まだ」
少なくとも、完全には。
「?」
「広場をグルグルしてた理由については、納得した。
『私たちは未熟すぎる。奥に進む前に、強くなっておくべきだ』。
――私も、その通りだと思う」
「なら、やっぱり合意してない?、私たち」
「待ちなさいってば」
ここで、馬鹿がまた、下を見る。
私としては、ツッコまざるをえない。
「――ないものを捜すなというに、馬鹿」
「次からは結んでくることにしよう」
「要らないわよ馬鹿」
話がなかなか進まない……。
この馬鹿のせいだ。
そんなに、堂々巡りが好きか。
冒険も、会話も。
馬鹿。
「そんなことはどうでもいいのよ馬鹿」
「まったくもって、ね」
「うなずくな馬鹿。他人事みたいに認めるな馬鹿」
*
「――で? 結局、何が納得できないの?」
展開の遅滞について、その原因が主に自分にあることについて、特に気に病むような態度を見せない馬鹿なのであった。
「……」
私のひとり相撲か。
ノレンに腕押しか。
一番馬鹿なのは、そんな馬鹿に向かって、一生懸命に馬鹿馬鹿言ってる、この私か。そういうことか。
悔しい。
うぅ……。
「――だ、か、ら……、ね?」
「うんうん」
「二回うなずくな馬鹿」
罵倒を我慢できない私だ。
修行が足りない、ってやつか……。
こんな修行、クリアしたくはないけど。
――そんなことを考えてる場合か。
私は元の話題に戻る。
「だから……、
グルグル回ってた理由は、判った。
でも……、ね。
歌って騒いでた理由が、まだ判らない」
このままでは、納得できない。
――あの、いたたまれなさ。
――あの、恥ずかしさ。
――聞かされた、失笑。
――受けとめさせられた、好奇の視線。哀れみの視線。
納得、できない。
理由が欲しい。
あんな目に遭わなければならなかった理由が。
これでも合意に至っているっていうのか馬鹿、と。
*
それは、と馬鹿は、指を1本立てた。人差し指だ。
「歌って騒いでた理由――、その1」
私は少し驚く。
理由が、複数ある……?
いくつもの理由があって、そのために、実行されなければならなかった……?
あの歌には、そんな重要な背景があった……?
待てよ。
まだ、感心するには早いぞ。
この馬鹿のことだ。
「その1」のみで終わりになってしまう可能性がある。
――うん。
いかにもありそうなことだ。
「だったら『その1』とか言うな馬鹿」とツッコむ自分の姿が、今から目に浮かぶようじゃないか?
たとえ本当に複数あったとしても、だ。
その時はその時で、「その2」以降に提示される理由は、付け足しのような、苦しまぎれの思いつきのような、たかが知れてるものばかりだったりするに違いない。
何しろ、この馬鹿の言うことなのだから。
こちらの場合も、ツッコミの文句はやっぱり、「だったら『その1』とか言うな馬鹿」で充分だろう。
よし。
臨む姿勢は決定された。
聞こうじゃないか。
どちらのケースにしても、「その1」については、聞く価値はあるだろうし。少しくらいは。
聞いてやろうじゃないか。
――私はうなずいてみせ、先をうながす。
馬鹿もうなずいた。
で、言った。
「理由その1――、
歌っていた方が、楽しい」
私は転んだ。
*
この間から、転んでばかりいるような気がする。
要するに――。
私が、甘かった、と。
馬鹿を舐めていた、と。
舐めてしまっていた、と。
どこかで期待してしまっていた、と。
「その1」からして、既にロクでもないコトな、可能性。
真っ先に考えるべきは、コレだったのだ。
それなのに……、
愚かにも、価値を求めてしまった、と。
私は教訓を得た。
「馬鹿の、その馬鹿っぷりは、これを舐めてはいけない」。
――例の、「大丈夫?」から始まり、「いぐざくとりー」に続いて、「馬鹿!」で締める一連のアレを、また繰り返すことになった。
繰り返して後、立ち直った私は、
「それが一番の理由か馬鹿」
と言ったのだけれど、言われた馬鹿と来たら、なんと、
「ええー」
不満そうな声をあげたのである。
文句を言える立場か、馬鹿。
「何が『ええー』よ馬鹿」
「だって」
「『だって』じゃないわよ馬鹿」
「楽しくない? 歌うの」
「楽しくないわよ馬鹿」
ここで、横から、「僕、楽しかったけどな。歌うの好きだし」だの、「私は、騎士さまと一緒ならそれだけで楽しいです」だのといった意見が聞こえてくるも、流し目一撃で沈黙させる私だった。
そんなちびっこどもについては、置いといて……。
「でも……」
馬鹿の声がして、視線を戻す。
「『でも』、何よ馬鹿」
「でも、5人からのパーティがさ。
ひとつの広場を、無言で、ひたすらグルグル回り続けてたら……、怖くない?」
ぐっ、と私は言葉に詰まる。
それは、まぁ、確かにそうだけど……。
――うなずきかけてしまった、自分が悔しい。
「確かに、そうだけど!」
「『そうだけど』?」
「だからって……、歌って歩くってのはどうなのよ馬鹿」
「どう、って……」
馬鹿は首をかしげた「だから、『楽しい』?」
「疑問形で言うな馬鹿」
「じゃあ……、『楽しい』」
「わざわざ言い直さなくていいわよ馬鹿。どっちにしても楽しくなんかなかったんだし馬鹿」
「そう?」
「そうよ馬鹿」
「では、理由その1は、お気に召さなかった、と」
「召すか馬鹿」
「それなら――」
馬鹿は、指をもう1本、立てた。「理由その2」
その、立った指が――、
小指。
「中指でしょ普通は!」
「『キツネ』」
「『キツネ』じゃないわよ馬鹿! ――どうしてこんなむなしい会話してなきゃなんないのよ馬鹿!」
「本当に、ね」
「だから他人事みたいに認めるな馬鹿!」
*
さておき、と馬鹿は、キツネの手をしたまま言う。
「理由その2」
「――む……」
どうやら、理由はちゃんと、複数あるらしい。
とはいえ……、
もう騙されないぞ。
筆頭の理由ですら「その方が楽しいから」だったのだ。以降に挙げられてくるもののロクでもなさなど、推して知るべし、であろう。
きっと、とんでもないくらい、ロクでもないに違いない。
いっそ、恐ろしいくらい、かも。
だから、
馬鹿を舐めないように。
馬鹿に期待しないように。
そうだ。
私は学習したのだ。
私は身構える。
馬鹿は言った。
「理由その2――、敵を追い払うため」
*
そうか……。
今回は、私は転ばなかった。
それどころか――、
最初に湧いてきたのは、意外にも、しみじみ、といった方向の感情だった。
あぁ……。
なるほど、ね……。
と。
「――あのさ」
「うん?」
「私たちって……、さ」
「うん」
「とりあえずは経験値稼ぎをしよう、ってことで、広場をグルグル回ってたのよね?」
「うん」
「……」
「それで?」
「……」
「それが?」
「……」
そうか……。
こいつは、本当に、本物の、馬鹿だったんだな。
あぁ……、
私は――私の認識は、まだまだ、甘かったんだな。
なるほど、ね……。
しみじみ、そう思った。
そう思ってから、
私は叫ぶ。
「だったら敵追い払ってどうすんのよ馬鹿!」
(まだまだ続く)