悔しい。
悔しい。
悔しい……。
我に返って、私は、悔しかった。
馬鹿に、動揺させられてしまった。
悔しい。
唇を噛む。
おのれ。
馬鹿のくせに。
――その、馬鹿の当人は、というと……、
私に、うなずいてみせた。
その時じゃない、ともう一度、言った。
で、
「そんなににらまないで……、ちゃんと、説明するから」
何だか――、勘違いをしていた。
私ににらまれてる理由を、自分の説明不足故と、とらえているらしかった。
誤解だ。
そういう部分も、ないではないんだけど、誤解だ。
でも。
この誤解を、私は訂正しないことにする。
だって、
「あんたに動揺させられたのが悔しくて、それでにらんでた」
なんて、言える?
*
「――説明するなら……」
いけない……。
どうも、気持ちが負けてる感じ。
矛先が、切れ味が鈍ってる。
いけない。
「するなら早くしなさいよ、してみせなさいよ……、馬鹿」
馬鹿は肩をすくめた。
「つまり、ね……。
私たちはまだ、弱いじゃない?、ってこと」
馬鹿のその指摘は――、
間違っていないところで、
それだけに、痛いところだった。
あぁ……、
いけない。
気持ちが、さらに負けてしまう。
「迷宮に入ってすぐのところだっていうのに、敵に遭えば、1匹倒すのに、少なくともふたりがかり。
先制されるとか、一度にたくさん出てこられるとかして、ペースを握られれば、ひとりくらいは、死にかけになったりもして。
これじゃ、とても先には進めない――」
馬鹿はそこで、いや、と首を振った。
「進むことは、できるかもしれない。けど」
と、私を見た。
その先を促すかのように、じっと見た。
――私には、
「その先」が、判った。
そして、
それが正しい。
そのことも、判った。
それが、認めたくないことで、あることも。
なのに、認めざるをえないことで、あることも。
何より、
そんな現実――「厳しい」現実をつきつけたのが、この馬鹿であるということも、
この馬鹿の言い分の方が、理に適っているということも。
みんな、判った。
判ってしまった。
不本意にも。
――馬鹿のくせに。
――悔しい。
けど……、
それでも、それはやっぱり、真実だ。
だったら、そこから、目を逸らしちゃいけない。
真実なんだから。
「進むことは、できる……、けど」
私は、答える。
「『帰ってくることが、できない』。
『だから今は、先に進もうとするよりも、まず、強くなろうとするべきだ』、と……?」
果たして――、
馬鹿はうなずいた。
「いぐざくとりー」
私は転んだ。
*
「大丈夫?」
寄ってきて、のんびり聞く馬鹿と、
「『大丈夫?』じゃ……」
弾けるように、姿勢を立て直す私だった。「ないわよ馬鹿!」
「見た感じ、大丈夫そうに見える」
「そういう意味じゃないわよ馬鹿! ひとを転ばしといてその当人が何聞いてんのよって言ってるのよ馬鹿!」
「私が? 転ばした?」
「転ばしたでしょ馬鹿! 何が『いぐざくとりー』よ馬鹿!」
「『その通りでございます』って意味」
「意味なんか聞いてないわよ馬鹿! どうしてそこで英語なのよって聞いてんのよ馬鹿!」
「格好いいかと思って」
「黙りなさい馬鹿!」
(まだ続く)