「●●● ●●● ●●●● ●●● ●●●●」
「○○○○○○○ ○○○○」
「◎◎◎ ◎◎◎◎◎◎◎◎」
いきなり何だよ。
――って思うだろうなぁ、って思う。
伏せ字なのか。だとしたら、全部伏せなきゃならんようなコトを口走っとるのか。どれだけキケンな内容なんだ。いいのか。
――って思うだろうなぁ、って思う。
違う。
そうじゃない。これは別に、そういうコトじゃない。
単に――、
先行する3人が、歌っている。
それだけのことだ。
いや。
「それだけ」でもないか。
3人っていうのは、馬鹿と、くりすけと、ニーチェ(あんなヒドい目に遭ったというのに、何故かパーティ入りした。「何故か」とか、私が言ってる場合じゃないんだけど)、その3人のことであって、前のふたりは歌いながら、棒きれで茂みを、リズムを刻むように叩いていたりするし、ニーチェはタンバリンを鳴らしていたりするし。
にぎやかすぎる。
無駄に、にぎやかすぎる。
馬鹿みたいに、にぎやかすぎる。
というか、
「みたい」も何もない。明らかに馬鹿だ。
そういう意味で、「それだけ」なんかじゃない――。
泣きたい。
時々、別のパーティのひとたちとすれ違うことがあって、彼ら・彼女らに、目を丸くされないことはなくて、それから吹き出されないこともなくて、哀れむような目で見られることもなくはなくて――。
泣きたい。
*
それで――。
ただ歌ってるだけのことを、どうして問題発言に対する処理みたいににしてるのかっていえば、それはまさに「歌」、すなわち「歌詞」であるからであって、まぁ、いろいろあるんです。そのあたりは。
さておき。
「●●● ●●●●」
「○○○○○○ ○○○○ ○○○」
「●●● ●●●●」
「◎◎◎◎◎◎◎ ◎◎ ◎◎◎◎◎◎◎」
「――あのさ」
キリのいいところ(つまり、歌詞の1番が終わったところ)を見計らって、私は3人に声をかけた。
「何?」
馬鹿が立ち止まり、振り返る。続いて、くりすけとニーチェもそうしたけど、私のターゲットは今、馬鹿ひとりだ。
だからその馬鹿に向けて言う。
「いろいろ、言いたいことがあるんだけど」
「では、順番に聞きましょう」
馬鹿が何故か、胸を張るようにしたので、何を偉そうにしてるのよ馬鹿、とまず言ってやった。
で、
「――私たち、さ。ミッションを受けたのよね? 執政院から」
「うん」
馬鹿はうなずいて、「といってもコレ、お仕事というよりは試験だよね。ミもフタもないこと言うみたいだけど」
へぇ、と私は、少し感心する。判ってはいるのね、と。
馬鹿のくせに……。
「――私たちを、冒険者として認めてもいいものかどうか。下層に進ませてもいいものかどうか。これから先、時には仕事を任せたりしてもいいものかどうか。そういう試験、と」
「そうそう」
「私たちは今、試されている、と」
「そうそう」
「試験の内容はというと、地下1階の地図を完成させること、と」
「そうそう」
「厳密には、自分たちの足で歩いて、完成させること、と」
「――そうそう……、どこかで先輩をつかまえてきて、そのひとの地図を見せてもらって、丸写しにする、というのは」
馬鹿はそこで言葉を切る。私は後を引きとる。
「ダメ」
「ダメ」
馬鹿は念押しのように復唱し、それから、それが何か?、と言った。
「何か、じゃないわよ馬鹿」
「何が?」
「濁点つけりゃいいってもんじゃないわよ馬鹿」
「面白いツッコミをしてくれるひとって、好きだなぁ」
「要らんこと言うな馬鹿」
「はーい」
馬鹿は手を挙げた。
この馬鹿。
「――とにかく……、ね?」
「うん」
「私たちは、地図を作んなきゃいけない。――そうよね?」
「そうね」
「自分たちの力で、完成させなきゃいけない。――そうなのよね?」
「まさしく」
「……」
「どうかした?」
「――判ってる、の、よね?」
「判ってないように、見える?」
「……」
「ねぇ。何なの? どうしたっていうの?」
「……、だったら……」
「だったらどうして私たち歌いながら茂み叩いてタンバリン鳴らしてひたすらひとつの広場の中をぐるぐる回ってるだけなのよ馬鹿!」
*
馬鹿は――、
「どうして、って……」
不思議そうな顔をした。
私は――、
「不思議そうな顔すんな馬鹿」
腹が立ってきた。
それこそ、どうして、だ。
どうして私が、そんな顔で見られなきゃならんのだ。
「そんなことも判らないのか」っていう顔で。
「だって」
「『だって』、何よ馬鹿。何だって言うのよ馬鹿。言いなさいよ馬鹿。言ってみなさいってのよ馬鹿」
「……まず、落ち着かない?、どりりん」
「私は落ち着いてるわよ馬鹿。それからどりりんって言うな馬鹿。何回言ったら判るのよ馬鹿」
「じゃあ……、どりりりん?」
「増やすな馬鹿」
「ど――」
「減らすな馬鹿」
「読まれたか……、さすがね」
「黙れ馬鹿」
「……」
「しゃべれ馬鹿。説明しろ馬鹿」
「黙れって言ったくせに」
「うるさい馬鹿。揚げ足取るな馬鹿」
*
「――あのね」
と、馬鹿は切り出した。
ため息混じりだった。
ため息つきたいのはこっちだ馬鹿、と言ってやった。
すると、
「――とりあえず……、ちょっと、いいかな?」
馬鹿は片手を挙げる。
そこで、
「何よ馬鹿」
聞いてやってみれば、
「発言するそばから、そうズバズバ斬り捨てられたら、話を全然進められないなぁ、と」
――コレだ。
あんたが……、
「あんたがそれを言うな馬鹿。私のせいみたいに言うな馬鹿。そもそもあんたがマップ造りを進めようとしないからこんなことになってるっていうのよ馬鹿」
「だから……、つまり、そこよ」
「どこよ馬鹿」
「――意外と古いギャグをおかましになる」
「だから要らんこと言うな馬鹿」
――ほらコレだ。
やっぱりだ。
結局のところ、先に進めようって気がないんだ、この馬鹿には。
話にしても、
地図造りにしても、
ひいては、迷宮の探索にしても。
「そんなことは、ないわ。やる気は充分ある」
「そんなことが、あるってのよ馬鹿。やる気が感じられないってのよ馬鹿」
「そんなことないってば。やる気はあるってば。
――ただ……」
「『ただ』、何よ馬鹿」
馬鹿は、
答えた。
「ただ……、今はまだ、その時じゃない」
真顔、で。
馬鹿の真顔を初めて見た。
私は、
驚いた。
どのくらい驚いたか、って、
「その時じゃ、ない……?」
語尾に「馬鹿」とつけてやるのを、忘れてしまうくらいに。
(続く)