【夜/彼岸・マヨヒガ・八雲一家の家・居間】
藍、眼鏡をかけて、部屋の中央のちゃぶ台に向かっている。左手で頬杖。右手には鉛筆。卓上には数字のたくさん書き込まれたノート。領収証の類。
藍(うー……む)
藍(昼間遊んでしまうと、夜、大変だなぁ)
藍(霧雨魔理沙のところにみんなで集まると、そりゃ、退屈はしないが)
藍(家の仕事が溜まってしまう)
藍(このところ、遊びっぱなしだったから、溜まりっぱなしだ)
◆ ◇ ◆
藍(――に、しても……)
藍(今月も厳しい……)
藍(まぁ、冬も終わってこれから暖かくなるから、光熱費も食費も楽にはなるとはいえ)
藍(余裕ができたら、橙に服とか靴とか買ってやりたいし)
藍(――向こうの連中……お嬢さまとかそのメイドとか、博麗の巫女とか、何だかんだいって、いいもの着てるからなぁ)
藍《魔理沙を思い浮かべて》(普通のも居るには居るが)
藍(それだって別に、安物を着てるわけじゃないものな……)
藍《ため息》
藍(よし!)
藍(何とか資金をひねり出して、橙にヨソイキを買ってやろう。うん――)
【藍の妄想】
映像には紗、音声にはエコーがかかっている。
橙《びっくり》「わ」
橙「私に、新しいお洋服……?」
橙「で、でも」
橙《もじもじと遠慮》「もったいないです、私なんかに」
橙《慌てて否定》「い、いえ、そんな! そういう意味では!」
橙「……はい」
橙「すごく、うれしいです……」
橙《照れ照れと、衣紋掛けのまま、自分の前に合わせて》「えへへ……新しいお洋服だ……」
橙《満面から「藍さま大好き」光線》「ありがとうございます、藍さまっ」
【現実】
藍《にへら》
藍「……」
藍《頭を振る》「――い、いやいやいや」
藍「そういう、感謝されたいとか、ましてや見返りを求めてるとか、そんなヨコシマな気持ちではないぞ」
藍「ない」
藍「ないんだ」
そこへ、当の橙、本人がぱたぱたとやってくる。
橙「藍さまらんさまっ」
藍《びっくり。正座のまま跳び上がる》「わぁ」
橙《びっくりされるとは思わなかったので、びっくり》「わぁ」
藍《どきどきどきどき》
橙《尻尾が太い。どきどきどきどき》
藍《動悸を強いて鎮めつつ、振り向く》「――ちぇ、橙か……びっくりした……」
橙《胸に手を当てて》「私もびっくりしました……」
藍「すまない」
橙《謝られて焦る》「い、いえいえいえ、そんな」
橙「――どうかしたんですか、藍さま」
藍「え」
藍「い、いや……べ、別に」
藍「やましいことなど」《明らかに焦っている》「考えていないぞ、私は。何にも。あぁ何にも」
藍《重々しく》「うん」
橙「……はぁ」《よく判らない》
藍「そ――」《話題を逸らす》「そういう橙こそ、どうしたんだ」
橙《用があってきたのを思い出した》「……あ!」
橙「そうそうそうでした藍さま!」
藍「うんうん」
橙「お手紙です」
藍「手紙?」
藍(――あれ?)
藍(帰ってきた時に郵便受け、覗かなかったかな?)
藍《驚いた時にズリ落ちた眼鏡を直し、手紙を受け取ろうと、手を差し出す》「あぁ、ありがとうな……」
橙「……」
藍「……」《待っている》
橙《動かない。あの手に対してどう反応したらいいのだろう、と思っている。あごを載せたらいいのかな、と思っている》
藍《更に待つ》
橙「……」
藍「……」
橙「?」《首を傾げる》
藍「?」《それを見て、首を傾げる》
藍「……橙?」
橙「はい?」
藍「手紙、持ってきてくれたんじゃないのか?」
橙「あ!」《やっと、藍が手を出していた理由が判った》
藍「橙?」
橙《慌てて》「ちがいます、そうじゃないです」
橙《一生懸命説明》「あの、今、郵便のひとが来て」
橙「お手紙が、封筒で、速達だって言ってるんです」
【玄関から奥の紫の部屋へ続く廊下】
藍、速達を受け取った。紫宛だったので届けに行くところ。
橙「――すみませんでした」《しょんぼり》
藍「いいよいいよ」
藍「速達が来るなんて思わなかっただけだ」
藍《手にした封筒を、表裏表と眺める》「紅魔館から、紫さま宛か。何だろうな。ついさっきまで、霧雨魔理沙のところで一緒だったのに」
藍「何かあった……」
藍「……にしては、華やかな封筒だな」
【紫の部屋の前】
襖は閉じている。
藍《襖越しに呼びかける》「紫さまぁ」
藍「速達が届きましたよぉ。紅魔館からですぅ」
藍「……」
返事はない。
藍《小声で橙に》「――もう、お休みかな?」
橙「そうかも」
その小さなやりとりの途端。
紫《部屋の中から襖越しに》『まだ起きています』
藍《びっくり》「わぁ」
橙《びっくり》「わぁ」
【紫の部屋】
藍「失礼します」
橙「しつれいします」
藍と橙、襖をソロソロと開けて入ってくる。紫の姿を見て硬直する。
紫、藍たちに背を向けて座っている。先刻の藍のように、低い文机に向かい、ノートのようなものを広げ、ペンを持って難しい顔をしている。
紫《帳面から顔も挙げず》「――速達だったわね。ありがとう」
藍《硬直が解けない》
橙《硬直が解けない》
紫「……?」《反応がないので、やっと藍たちを振り返る。ふたりが固まっているのに気づく》
紫「……藍?」
紫「藍!」
藍《硬直状態のまま跳び上がる。着地の衝撃で我に返る》「あ! え、はい!」
藍「し、失礼しました! はい!」
藍《深呼吸》
藍「……そ、速達です」
紫「どこからだっけ?」
藍《おずおず》「こ、紅魔館……」
紫「レミリアさんと変なメイド長さんのところね……何かしらね」
藍「さ、さぁ……」
紫《ため息》
紫「どうしたの?」
藍《「紫さまが真面目に机に向かっているのを見て驚いたんです」とは言えない》「な、なんでもありません」
紫《しかし、見透かしている》「失礼ね。私だって、真面目に何かに取り組むことくらいあります」
藍「あうっ」(バレてる!)
紫「――まぁ、いいけど」
紫「でも、そうね……ちょうどいいところに来たわ、藍」
紫「手伝ってくれる?」
藍《名誉挽回のチャンスだ、とばかりに》「何なりとお申し付けください!」
紫「なら……」
紫「『ウ』から始まるヒーローの名前、って何がある?」
藍「……」
藍「は?」
紫《繰り返す》「『ウ』から始まるヒーローの名前」
藍「はぁ」
紫「はぁ、じゃなくて、ウ」
紫「ウは宇宙船のウなのよ」
藍「ははぁ……」
紫《くるりと机に向き直り、帳面をつかんで、再度反転。藍にそれを突きつける》「ここの、ヨコのカギなんだけど」
藍《帳面を見て》「……」
橙《目を丸くして》「わ」
橙「クロスワードだ」
紫《大きく肯く》「クロスワードです」
帳面はクロスワードパズルを集めた本。
紫「どうしても埋まらなくて」
紫「『ウ』から始まるヒーローなんて、『ウルトラマン』に決っていると思うのだけど」
紫「升目はもうちょっと多いのよね……」
紫「だからといって、『ウルトラマンコスモス』とかだと長いし……」
紫「第一、最後の文字は『音を伸ばす棒』なのよ」
紫「藍、貴女。当てはまりそうな名前、何か知っていて?」
橙《つい、パズルに飛びついてしまう》(ウ、ウ……何だろう……)
橙(最後は、伸ばす棒かぁ……)
藍「……」《ぷるぷる震えだす》
橙「あ……」《不穏な気配を感じた。藍から離れるように後退り》「らんさま……」
紫(――ちょっと、からかいすぎたかしら……)
紫「と、思ったけど……」
紫「やっぱり、もうちょっと自分で考えてみます」《よっこらしょ、と立ち上がる》
紫「ありがとうね、藍」
紫《橙の陰に隠れるように回り込む。橙を盾にしながら》「――ほらほら、橙。藍のお仕事の邪魔をしてはダメよ?」
橙《紫に押されてつんのめる》「わ」
橙「お、おじゃまなんかし、てませんからっ」
紫「なら、いいけど」
紫「――それじゃ、私はこれで……ちょっと、お茶でも飲んで気分転換して来ます」
紫「またね」《部屋から出て行こうとする》
藍《とても静かな声》「お待ちください紫さま」
紫「きゃっ」《びくっ》
紫《振り返る》「……な、なぁに?、藍」
藍《速達の封筒を紫に示してみせる》「ですから、これが届いております」
紫「――あ、あぁ」
紫「そうね」
紫「そうだったそうだった」
紫「ありがとう、藍」《受け皿の形に、両手を出す》
藍「届いておりますから」《その上に載せるように、更に差し出す》
紫「えぇ」
紫《にっこり》「綺麗な封筒ね。何かいいものが入っていそうね」
藍《しかし》「おりますから」《と、更に差し出す。封筒は紫の手の上を通り過ぎる》
紫「えぇ、えぇ……」
藍「おりますから」《更に差し出す。封筒は紫の胸元に突きつけられる》
藍「おりますから」《更に。封筒は紫の口元に突きつけられる》
紫《のけぞる。顔を少し背ける》「わ、判った、判りました!」
紫「私が悪かったから!」
藍「おーりーまーすーかーらー」《更に。封筒は紫の鼻先に突きつけられる》
藍「おぉぉりぃぃぃまぁぁすぅぅかぁぁらぁぁあああ」《更に更に更に……》
紫「わ、わ、悪かったってばちょっと! 藍!」
紫《見ようによってはどことなく嬉しそうな苦笑》「や、ヤだ!」
紫「鼻に! ハナに封筒の角、入ってる! 入ってるから!」
橙(……楽しそう?)
◆ ◇ ◆
――こんな感じの台詞ネタ本、出ます。たぶん。きっと。
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