【艦これ】叢雲・稀にある

 鎮守府、夜。
 僕は僕の執務室で、危機に瀕していた。
 秘書艦・叢雲に「今日は何をしようか」とシナリオの提出をうながしたところ――、
 あの彼女がなんと、それをためらったのである。
 胸に台本(体裁としては突発コピー誌に等しいものだが)を抱いて、半歩後ずさったのである。
 やばい。
 これはやばい。アカンやつや。
 ここで、何の話だ? 「あの彼女」だの「台本」だの、どういう意味だ? という方もいるかもしれない。説明しておこう。
 実は、うちの叢雲。
 おかしな方向に目覚めてしまっているのです。
 しかられたがるのだ。お仕置きされたがるのだ。それも相当激しめに。そういうプレイのための掌編を自ら嬉々として書いてきて、時には衣装や小道具までも用意して、大道具は模様替え機能をもってこれを実現し、「ごっこ遊び」をやりたがるのだ。嘘ではありません。「教師と教え子」ものとか「家庭教師と教え子」ものとか「医師と患者」ものとか「ご主人さまとメイド」ものとか「兄と妹」ものとか、いくつもやってまいりました。配役はどれも前者が僕、後者が叢雲となっております。
 そんな叢雲がいるか、という向きもあるだろう。それを言われるとつらい。何がつらいって、だってここにいるし、としか答えられないのがつらい。真実ながらミもフタもなさすぎる。世間は広い。拠点ひとつだけでも広い。そのそれぞれに鎮守府はたくさんあって、提督もたくさんいて、叢雲もたくさんいる。ならば中にはアブノーマルな叢雲もいるだろう。メタなことを言っている気もするがどうか、そんなふうにご理解いただきたい。これでタイトルは回収したぞ。よしよし。
 分かったそのあたりは譲ろう、しかし何がどうなったら「叢雲覚醒(アレな意味で)」なんてことになるんだ、という件につきましては第一話『Mは叢雲のM』および第二話『あの叢雲を越えて』に詳しいので是非そちらを。すでにネットの海にて公開済みです。こういう宣伝じみた説明放棄って、いかがなものかとは思うのだけれど半面、このあらすじ書くのn回目というのにもまた抵抗はあるわけで。コピペで行数稼ぎか、みたいな。言わせてもらえば実情は逆です。稼ぐどころか足りません。叢雲の可愛らしさを描写するには原稿用紙は狭すぎる。おさらいに割り当てる余裕などほとんどない。ニーズ的にも「総集編より新作を!」であると確信するし、利害の一致をみたところで閑話休題としようずいぶん長い言い訳になってしまったふつうにあらすじ書いた方が短かく済んだんじゃないのコレ。
 やばいのである。
(アレな叢雲でさえ発表に二の足を踏むような……?)
 提案と考えざるをえないからだ。
 すでに高いステージにありながらさらに一ランク上のプレイを思いつき、私ってば天才じゃないかしら、とばかりにものすごい勢いで台本を書き上げたまでは良かったものの、いざプレゼンという場になって我にかえり、こんなの見せてドン引きされないかしら、と不安になった――、
 そんなところに違いないからだ絶対そうだ。
 どれほどのプレイだというのか「さらに一ランク上」。
 どうしよう。
「限界に挑戦してみたいの……」なんて言われたら。
 とりあえずツッコんでしまうのは必至である。
「今までは挑戦していなかったとでも」
 叢雲にとっては拘束されてくすぐり倒されたり、羽織っている大きなコートを脱いだら早くも全裸という姿でお散歩したりというのは「思い切って奮発してみた」程度のプチ贅沢にすぎなかったとでも。
 そして、そんなツッコミを入れているヒマはないのだ。
 何しろ彼女のご所望は、限界の向こう側なのだから。
 乾電池ではなく家庭用交流電源で動作するため事実上ヘタることのないお道具(というより家具・設備)で気絶するまで――、否。気絶してもなお延々ぶるぶるぶるぶる震わせ続けて欲しいとか、延々さわさわさわさわ柔らかく撫で上げ続けて欲しいとか、延々ぐにんぐにんぐにんぐにんかき回し続けて欲しいとか、延々ずっちゅずっちゅずっちゅずっちゅ突き上げ続けて欲しいとかなのだろうから。
 あるいはコートを脱いだらどころか、貼りつけている絆創膏数枚を剥がしたら全裸という姿でのお散歩――、
 違うな。それは叢雲、ヨシとはしない気がする。
 彼女ならこう言いそうだ。
「絆創膏装備って、お散歩用としては開き直りすぎではないかしら。コートの下はその姿というのならまだしも……」
 裸みたいであればいいというものではない、と。
 無頓着になっては本末転倒である、と。
 そんなのは趣に欠ける、と。
 だから衣装はたとえば、身体にぴったぴたに貼りついて輪郭や凹凸をくっきりと出してしまいつつも肩やわきや胸元はゆるゆるで危ういキャミソール。ローライズすぎて前はおへそや下腹部どころか丘まで、おしりは上から五分の三・下からは五分の一ほどまで、太ももでは食い込んで付け根のギリギリまで、あらわにしてしまうショートパンツ。対照的にオーヴァニーソックスはしっかりと履いて絶対領域を抜かりなく創出。太い横縞模様のが最適でしょう。で言うまでもなく下着はつけない。「はいてない」というのは服の存在あってこそのヴィジュアルです――、そういった「これはひどい」(満面の照れっ照れにして乗りっ乗り、頭のアレも羽ばたくような動きでぴっこぴこの笑顔で)的な、よくある格好に近いようでいて遠いものがいい、ついつい周囲と自分を比較して、より乖離・逸脱感を味わえる、と。
 ちなみに「頭のアレ」とは叢雲の後頭部の両側に浮遊している一対のデヴァイスのことで何のためのものなのか、いまだに分からない。見ている限り彼女の精神状態を、当人の望むと望まざるとに関わらず表現してしまう機能は搭載しているようだが何でそんなのつけてるの叢雲みたいな強がりたがりの娘には致命的じゃない? それはともかく。
 はい。異存はありません。おおむねありません。大好きですどれもこれも素晴らしいです素晴らしくいやらしいそんな出で立ちの叢雲見てみたい是非とも。ただしこれだけは断っておかねばなりますまい。僕自身は絆創膏オンリィ装備にも捨てがたい魅力を感じます今のはあくまで「ツンツン駆逐艦娘・叢雲が覚醒した時にありがちなこと」です。
 何だかとっ散らかってしまった。まとめよう。
 恥ずかしすぎるお散歩をしたい。首輪を巻かれ、リードで引かれたい。叢雲が求めているのは、そういう激しさかもしれないのだから。
 唐突に首輪とリードが出て来たが今思い出したのである。この間叢雲、通販サイトを見ていた。僕にも見せてくれた。
「これって痛くないのかしら……、つけるのとか、引っ張られるのとか……」
 疑問形なのは口ばかり、らんらんと輝く瞳で興味津々に。叢雲の貴重なふんすふんす鼻息荒いシーン。
 それがリードだった、って寸法です。ほいっ。
 ところで何故リードで「痛くないのかしら」という懸念をいだくことになるのかというと実はそれ、ペット用品ではなく成年向けグッズでつまり人間用。しかも油断ならないことにその接続先は首輪ではなくもっともっと下の方、さっきの例でいえばショートパンツの中――、そう。平常時には埋没しているがいざとなれば小さくも存在感を発揮する、あの敏感な突起部というシロモノだったからである。リードの先端がいわゆる真空ポンプ状になっていて、ターゲットにかぶせた後きゅっぽきゅっぽと空気を抜いて吸着させる仕組みとなっているようだった。
 そんなのどう考えても痛い。充血とか肥大化とかする。
 にもかかわらず叢雲は、
「ちょっと痛いくらいだったら私、我慢できるんだけど……」
 早くももどかしげに内ももと内ももとをこすり合わせていたのだったそんなに顔を上気させて検討するんじゃありません注文しちゃうだろ。注文しちゃいました。あれ? そういえばそろそろ届く頃なんじゃないか? 叢雲が受け取っているのか?
 では……、やっぱり……?
 そういったプレイを彼女は求めて――、
 待てよ?
 いいのか? 見切ったつもりになっていて。
 何といっても彼女は、高みにあるのだ。
 よって、
(リードは単なるトッピング、本質には関係ない……)
 プレイとしてはもっとこう、過去に類を見ない、凡人にはもはや理不尽ですらあるようなことを、求めてくる可能性だってあるのではないか?
 こういうとまるでお道具プレイやお散歩プレイはオッケーの範疇にあるみたいだけど実際ぶっちゃけアリだと思ってます肯定しちゃったよ。そんなことより。
 どうしよう。
 ケース底面のツメを折ると中身をつるりんと出せるタイプの市販のプリンをお皿に載せ、それを両手で捧げ持って駅の改札を出たり入ったりする――、名付けるならば「プリン改札」。そんな行為にとてつもない性的興奮を覚えそうな予感がするの、とか微熱望(造語。微熱のあるような目つきでリクエストすること。字面的には熱望より温度が低そうで、様子を具体的に想像するとかえって高そう)されたりしたら。
 まさかここでそれを出してくるとは、というひとも日本で八人くらいはいると思われる内輪ネタはやめておくべきか。
 どうしよう、である。
 侵してはならないラインに、叢雲が踏み込みたがったら。
 そんな彼女を僕は、受け止めきれるのだろうか……、
 ――否。
 どうもこうもない。
 できる/できないではない。
 受け止めるのだ。
 大事な大事な秘書艦の願い。
 僕が、この僕こそが聞き届けなくてどうする。
「叢雲!」
 彼女を呼ぶ。強く。
「ひゃっ?」
 叢雲は跳び上がり、そしてフリーズした。
 その手を、僕はとる。
 懐の台本を守るようにしていた彼女の、白く伸びやかな腕の片方を強引にもほどき、引き出して、
「大丈夫だ」
「えっ」
 真ん丸の目を白黒させる彼女に、僕は宣言する。
「君のしたいことを言えばいい。遠慮は無用だ。僕は引いたりしない。僕は叢雲の願いを」
 叶えたい。
 静寂。
 叢雲は――、
 大きなまばたきを繰りかえし、
 ふと、視線を外して、
「な……、何なのかしらそのテンション……」
 苦笑い。
 どうも温度差があるような気はしています。
「いいから、ほら。言ってみ。僕なら大丈夫だから」
「う、嬉しいけど、正直若干怖い……」
「いいから」
「え……、えぇと、ね? その……」
 彼女は細い腰を、もじもじっとくねらせると、
 ついに言った。
「やってみたいのは、『ツンツンお嬢さまと――」
 ひと呼吸。「執事』もの、なんだけど……」

    ◇

 この要請は僕にとっては複雑だった。
 まずはどうしても、
(え? ふつうだな……)
 拍子抜けがあった。
「ツンツンお嬢さまと執事」ものといわれて「ふつう」と感じてしまうのは、それ以前にこのようなプレイ時間を持つのはふつうではない、という貴重なご指摘につきましては真摯に受け止め、今後の改善への参考とさせていただく所存でございます。
 それでいて、
(なるほど……)
 納得の思いもあった。
 叢雲が、ツンツンお嬢さま。
 これほど腑に落ちるキャスティングもなかなかあるまい。あるとすればツンツンお姫さまかツンツン王女さまかツンツン女王さまくらいであろう。「結構あるな」とボケるために無理矢理ひねり出した感満載だが、
「お前んとこの叢雲は違うだろ」?
 いやいや。うちの叢雲だって相変わらずツンツンですよプライヴェート以外では。素敵よね。
 続いて、
(めずらしい……、というより初めてだなぁそういうの)
 純粋な感心もあった。
 叢雲センセイの既刊といえば先述の通り、強い立場にある登場人物A(僕)が、弱い立場のB(叢雲)に対しあらゆる行為におよんでしまってさぁ大変系ばかりだった。その関係性が今回、逆転しているのだ。驚きもしよう。
 そして、
(そういうことだったのか……)
 またもや納得の思いであるが、これはさっきのとは別件で、すなわち、
(司令官に執事役なんてお願いしてもいいものかしら……)
 こんな不安を叢雲は覚え、それで言い出せなくなってしまったのではあるまいか――、
 そう。冒頭のためらいの理由についての推測・第二弾、というわけだ。これはいいところを突いている気がする。そういうケジメ、きっちりつける方だから彼女。公においては当然、私においても。コトここに至った今もなお。
 最後に、何より、
(これら感慨のどれもが、もはや的外れでしかない……)
 このことであった。
 前トピックはもしかしたら、今晩に限ったことではないのかもしれないのである。
 ずっとそうだったのかもしれないのである。
「先生と教え子」も「ご主人さまとメイド」も「兄と妹」も、本当はその時その時で一番やりたいことではなかった。立場というものを考慮しあきらめての第二・第三希望だった。本日、新刊で勇気を出してみたものの――、
(うぅむ……)
 僕は彼女に、気を遣わせてしまっていた……?
 やりたいことを、我慢させてしまっていた……?
 それに気づかず、ひとり脳天気に喜んでいた……?
 何ということだ。一大事である。
 所感の列挙など、している場合ではない。
「ダメ……、かしら」
 叢雲に、訊かれる。
 おずおず、心細げに。
「ハ」の字のまゆ毛。
 寝てしまっている、頭のアレ。
 僕が黙ってしまったせいだ。それ以外にない。
 叢雲……。
「ダメじゃない」
 応える。本心だ。もちろんだ。「いいよ。それ、やろう」
「そう……? 何だかテンション、下がってない……?」
 弱々しい声。つぶやくような――、寂しそうな。
 あぁ……。
 ダメというなら、それは僕自身のことだ。
 叢雲にこんな顔をさせてしまうなんて。
「そんなことないよ。僕は大丈夫」
「さっきから『大丈夫』って連発してて、逆に大丈夫じゃなさそうな……」
 叢雲の手が、僕の手からするりと抜ける。
 握っていたはずなのに。
 それは僕の顔に延びてきて、ほおを撫でた。
 ひんやりと優しい、小さな指先――、
 僕はあらためて、彼女の手をつかまえる。
 包み、指をからめ、
 手のひらと手のひらとを合わせる。
「司令官……」
 叢雲の大好きな、手のつなぎ方。
 僕だって大好きだ。
 しおれていた彼女の顔がうっとり、ゆるんでいく。
「――いいの……、ね?」
「もちろん」
 僕の気分も高まってくる。
 そうだ。自分への落胆なんて、形を変えた自己満足だ。独り善がりでしかない。
 僕のすべきことは、叢雲の凝視だ。
「本当に?」と彼女。
「本当に」
 と僕は叢雲のおでこに、おでこをくっつける。
「本当に本当?」
 叢雲がおでこで押し返してくる。
「本当に本当」
 こしょこしょ、やりとり。
 ないしょ話のように。
 叢雲がふふぅと笑う。
 甘い声音。甘い仕草。致死量の甘さ。
 理性が吹き飛びそうになるうぉお……。
 でも我慢。何とか我慢。何としてでも我慢。
 まだだ。まだ本能に身を任せるような時間じゃない。
 僕たちの本番は、ここからなのだ。
 とはいえこんなもん我慢しきれるはずもなく、
「それじゃあ……」
 といよいよシナリオの説明に入らんとした叢雲に僕は、
「僕は執事、ね。『お嬢さま』とか呼んだらいいのかな」
 食い気味に先回りしてしまう。
 ――先回りしてしまった、はずだった。
 ところが、
「あ」と彼女は、声をあげたものである。
 それは明らかに、否定の響きを帯びていて、
 果たして叢雲はこう言った。
「し……、執事は執事なんだけど……、き、鬼畜執事なの」

    ◇

 叢雲の訂正を僕は、即座には認識できなかった。
「キチクシツジ……」何それ。
「鬼畜、執事」
 彼女は繰り返してくれた。
 はっはーん……?
 てことは? 僕の空耳ではないな?
 その通りだった。
「お嬢さま、世間知らずなところがあるんだけど、それをいいことにひどいことばかりするの――」
 叢雲は設定語りを始めてくれて、
「ひどいことばかり、させるの」
 その上にごていねいにも動的アップデートを入れてくれたりもした。キャッシュを削除してブラウザを再起動してください。
 どうやら――、
 僕の「キチクシツジ……」を叢雲は、「どういう人物?」という質問だと解釈したようだった。
 そうじゃないのに。そんなんじゃないのに。
 もっと根本的なそれだったというのに――、というか。
 おい誰だよ叢雲は遠慮してたのかもとか第一希望は避けてたのかも第二・第三希望だったのかもとか言ってたの。なかったっぽいよそういうの。ひたすら第一希望言ってただけっぽいよ。でなけりゃなかなか口にできないよね「鬼畜執事」何だったの僕の反省。
 まったく……、この娘ときたら……。
 わりと、あきれた。
 だが同時に、
「たとえばお嬢さまが夜、勉強していたとするわ。予習復習」
 キッラキラの粒子を散布して活き活きと、ぎゅんぎゅん(頭のアレが高速でキリモミ回転している音です)と、なんかすごい流暢になりながらチュートリアルを進めてくれる叢雲の姿にはどうあれ、心躍らされるものがあって、
(ま、いっか……)
 そう考えるしかないよねっ。ねっ。
 自棄になってはいません。
「予習復習するんだ? お嬢さま」
 ほらあいづちも冷静れいせい。
 叢雲はにこにこ顔で肯定する。
「努力して成果を勝ちとるタイプなの」
 それでいて、
「好みだなぁ、そういうタイプ」と評価すると、
「……私とどっちがタイプ?」
 むくれ顔になるのである。
 この時、僕の答えはこうだ。
「叢雲が、そういうタイプ」
 みるみる赤面する叢雲だった。
 ――さっきのおでこ相撲といい、テンプレ展開・すでにギャグの世界・ネタ振りと模範解答みたいだろ?
 ガチなんだぜ、これ……。
 端から見たら、何してんのあんたら、に違いない。
 安心してほしい。明朝には自分たちとしてもそうなります。おたがいの顔が見れないきまりが悪くて。黒歴史感が有頂天。
 だが今この瞬間は、僕たちこそがすべてだ!
 見よ、叢雲の照れ隠しっぷり。
 こほん、とか咳払いしてるし。
 赤くなってなんかないわ、って顔してるし。
 魅力もマシマシというものである。
 こんなの見せられたら、全力戦闘しかないだろうが!
「と、とにかく……」
 説明再開に尽力する叢雲である健気だなぁ。「お嬢さまは勉強してて、でも少し疲れてくるの」
 この後、どう続くかは読める。
 けど懸命さに水を差すのは忍びない。
 僕は先走りそうになる自分を抑え、
「フムン」うながすにとどめる。
「それを見逃す執事じゃないから、『お嬢さま、肩などお揉みいたしましょうか』」
「ほぅ」来たで。
「肩だけでは済まないし、揉むだけでは済まない」
「王道だね」
「えぇ」
 叢雲は大きくうなずき、「とっても大型のマッサージ機とか使われてしまうの。『このくらいみんなやっていますよ』って全身に。弱いところとか敏感なところとかにも。『もういい』『大丈夫』って言っても『いえいえ、まだまだです』って延々使われてしまうの。き――、気持ちいいんだけど……、良すぎて、キツくて……、大変なの」
 どこかで聞いたような話である。さすがは叢雲だ。特にせっかくのハンドメイド品をひもとこうともせず、暗記で語るあたりがさすがだった。まぁいつもそうなんだけど。
 あと「気持ちいいんだけど」のくだりで見せたはにかみが尋常でないエロさでそれもさすがでした。
「同じく勉強疲れで、あくびとか出ちゃって、そうしたら『集中力切れですね。お散歩などいかがですか。気分転換に』って。よくある助言なんだけど、でもそれは極端な薄着に着替えさせられてのことだったりするの。『これで緊張感を取り戻しましょう』って。すごく恥ずかしいの。人目なんかほとんどないのよ? 夜だから。それでもすごく恥ずかしいの。歩けないの。そうなると執事ってば鬼畜だから『では私めが牽いてさしあげましょう』ってあのリードを取り出してっ」
 どこかで聞いたような話・その二である。さすがは叢雲だ。
 と思っていたら、
「それで……、その、あんなので引っ張られてるし、夜で冷えてくるし……、お嬢さま、ね。お、お花をね? 摘みたくなってしまって……、そうしたら執事に言われてしまうの『こちらでどうぞ』ってっ。電柱の根本とか指示されてっ」
 続きがあった。さすがは叢雲だ。
「あ、あと、話は変わるんだけどっ」
 しかしながらさすがの彼女にも「お花摘み」は恥ずかしすぎるテーマだったらしい。「り、旅行に行ってね――」
 早口になって話題を逸らしていた。
「お風呂に入ろうとしたら混浴しかないの。本当は男女で分かれてるのもちゃんとあるんだけど執事がね。混浴しかないって言うの。お嬢さまには混浴なんて無理だし、だからってお風呂に入らないというのもありえない。困ってると執事が『でしたらこちらをお使いください。何もないよりは心強いでしょう』って絆創膏をっ。三枚っ。三枚だけっ」
 逸らした意味がなく、かつどこかで聞いたような話・その三であったが――、
 けれどもこれに関しては、既出といっても否定の文脈でのそれだったはずである。
 というより、僕が勝手に決めつけたのだ。
(絆創膏なんて開き直りすぎ……)
 叢雲なら却下するに違いない、と。
 ところが本物は格が違った。
(開き直りとならないシチュエーションは存在しえないのか)
 発想を逆転し、「混浴」というソリューションへとたどり着いていた。
 何というテクニック。
 さすが、どころではない。叢雲、恐ろしい娘……ッ。
 これが本当の「技術のムラクモ」。
 まさに「ムラクモ・ミレニアム」。
 念のために解説しておくと「ミレニアム」と「稀にある」って響きが似ているよねー、という自慢のギャグだったのです今回のタイトルは。それも序盤で回収完了として安心させておき、脈絡なくリブートさせて隙を突くという周到な作戦。
「何でわざわざそんなことを」?
 叢雲に遅れをとってばかりもいられないし、「タイトルに隠された真の意味!」というのをやってみたかったし。
 空振った気はしています――、否。
 空振ってなどいない。いるものか断じて。話を戻そう。
「でもね、絆創膏なんてすぐにふやけてしまうし、それに……、し、下の方なんかは、その……、ね? ほら……、糊が負けてしまうわよね? あ……、あふれちゃって……、剥がれてしまうわよね? 結局裸になってしまうの、お嬢さま。下だけ」
 ――「戻そう」も何もなかった。
「もちろん、そうなってしまうことは執事には予想できていたのよ。なのに、あえてさせるの。そういう男なのよ」
 叢雲の講義は留まってはいなかった。
 放っておけば、朝まで続きそうだった。
 このまま聞くに徹する、というのも一興ではあろう。
 だが同時に、そんなのは所詮机上の空論だ、ともいえた。
 何故ならば、叢雲の希望を聞かされて、
(こんなコトしたい、して欲しい、されたいっ)
 それを態度でも示されて、
(キッラキラで、ぎゅんぎゅんっ)
 我慢にだって限界は……、ある……っ。
「――叢雲」
 僕は彼女を止めた。
 ――座学はこのくらいにしておこう。
 ――あとは実践の中で調整していこう。
 そんなニュアンス、ガン積みの呼び方で。
「あ……」
 はっと叢雲が口をつぐむ。
 屈託なくつっやつやだった笑顔が、変わっていく。
 笑顔は笑顔でも、困っているような、泣いているような、くすぐったそうな、そんな複雑な笑顔に。
 とうとう彼女は目を伏せてしまう。
 髪の房からわずかに覗く耳の先が、何とも熱そうで、
 頭のアレの動きも、ふりふりと所在なげで、
 こちらの意志は過不足なく通じたようだった。
 ただそれでも彼女は、
「ちょ、ちょっと待って……、最後にもうひとつだけ……」
 どこかの特命係のような台詞を――、
 って、まだ何かあるんか。
 身構えてしまう。
 だってコレどう考えても、
(ものすごい隠し球が残っている……)
 そういうことになるわけで。
(秘密兵器……、「鬼畜執事」をも超える……)
 聞くのが怖い。
 結論からいうと、腹をくくった甲斐はあった。
「別な意味で」という注釈つきで、ではあったが――、
 というのも叢雲はひとり、ひとしきり、胸元に持ってきた両手の指と指とをつんつんつつき合わせたり、頭のアレをまたまた、ぱたぱたさせ出したり、「うふふ」とかいきなり笑ったりしていたのだが、
「あ、あのね?」
 意を決したふうに顔を上げ、教えてくれたのが以下のような裏設定だったからで――、
「執事は確かに、鬼畜執事で……、お嬢さまにいつも、ひどいことをさせるの」
「うん」
「でも……、ね?」
「――うん?」
「それでもお嬢さまは執事のこと……、だ、大好きで」
「……」
「執事もお嬢さまのこと……、ちゃんと、大好きなのよ?」
「……」
 良かった! 危なかった!
 ノーガードだったら即死してたよコレ!
 何このデレデレ可愛い秘書艦うぉおおおぉぉぉ!

    ◇

 こうして満を持して始まった「お嬢さまと執事」ごっこは、
「お嬢さま」
「……」
 しかし二秒で頓挫した。
 叢雲が僕のことを呼べなかったからである。
 ツンツンお嬢さまが、いかにもツンツンお嬢さまらしい感じで執事を呼ぶように。
 語弊はあるが、ぞんざいに。
 そういうふうに、できなかったからである。
 こういったトラブルは、初めてのことだった。
 それもそのはずではある。これまでは困ることになる要素がそもそもなかった。僕は叢雲の先生や主人や兄であり、彼女は僕のことはその肩書きや続柄で、
「先生っ」
 もしくは「ご主人さま」「お兄ちゃん」「お兄ちゃま」「あにぃ」「お兄様」「お兄たま」「兄上様」「にいさま」「アニキ」「兄くん」「兄君様」「兄ちゃま」「兄や」などと呼べば良く、早い話が「司令官っ」の延長でコトに臨めたからである傾向に偏りが感じられてもそれは幻覚です。
 ところが今作においては、そうは問屋が卸さない。
 相対した執事に「執事っ」と呼びかけるお嬢さまはいない(他意でもあれば別だが)ものであるからして。
 名前で呼び捨てくらいが、相場であるからして。
 なのに叢雲にはそれができない。
 彼女の中に、僕のことを呼び捨てにするという選択肢がないのだ。「あんた」呼ばわりはあっても。
 ひょっとすると――、
 たびたびで恐縮ながら、冒頭のためらいの理由。
 あれはこういうことだったのかもしれない。
(こんなキャラクタ、演じきれるかしら。本番になればいけるかしら……)
「司令官に執事役なんか頼んでいいのかしら」のマイナーアップデート版とでもいおうか。ともあれ。
「叢雲」
 一時休演である。
「……だって」
 しゅんとする叢雲だった。こういう彼女もいじらしいなぁ撫で撫で・いいこいいこしたくなるなぁ後でしよう。
 ここは説得フェイズです。
「ツンツンお嬢さまなら執事のこと、呼び捨てにしないと。キツめに」
「それは……、分かってるわ」
「じゃあ、はい。名前で」
「……」
 彼女は少し口を開き、閉じてしまう。
 停滞である。
 なのに不思議と、イラっときたりはしないものだった。
「お嬢さま? ほら。呼ぶのです」
「……」
「ほらほら」
「――司令官……」
 不意に叢雲が、声のトーンを変えた。低く。
 そしてうつむき加減のところから、めっちゃくちゃうらみがましい視線を向けてきた。
「面白がってるわね?」
 ずばり、待ってましたその反応。そのジト目を見たかった。
 無論、表には出さない。あからさまに誠実そうに対応する。
「そんなことはございません」
 ございますけど。
 で、通じるわけがなく、
「嘘。嘘うそ。何だかまたテンション高いもの。落ち着き、ないもの」
 仕方ないじゃないか。
 いうなればコレ、「言えない言葉を言わせる」プレイそのものなのだ。どうして高揚せずにいられよう。
 要するに――、
「不思議と」も何もなかったのであった。
 楽しい展開そのものだったのであった。
 うーむ……。
 まさしく鬼畜執事の思考。何という役作り――、そう。役作りです。素じゃないです。
「そんなことはありません。僕は大丈夫です」
「大丈夫じゃないわ、それ大丈夫じゃないわ」
 叢雲が困っている。どんどん困らせたい。役作りです。

    ◇

 ひと騒ぎして、叢雲は言った。
「――ね? 司令官?」
 いつものトーンに戻っていた。ピンと来る。
(問題の解決策を、考えついた……?)
 シナリオの修正か。
 丸ごと差し替えか。
「今度にしておく? 『お嬢さまと執事』は」
 構わないよ、のつもりで言う。どうも先制しようとしてしまうなぁ。
 魅力的な設定だったし、何とか叢雲に呼び捨てにさせてみたかったし、残念ではある(役作りです)。だができないものはできないものだ。少なくとも、今すぐに、とはいかないものだ。
 だったら路線変更は考えてしかるべきだろう。
 時間は有限。浪費すべきではない。
 楽しい時間であれば、なおのこと。
 ――しかし。
「いいえ」
 叢雲は首を、横に振った。
「するの。『お嬢さまと執事』は、するの」
 力強い言葉だった。「ただ執事の設定を」
 修正の方だったか。
「『鬼畜』執事というのはやめる――、とか?」
 言っていて僕は、自分でも懐疑的だった。
 たとえば「ふつう執事」(?)にしたとして、それで何が変わろう。どうにかしなければならないのは「執事」の方なのだ。
 加えて、叢雲の趣味のこともある。
「鬼畜」執事――、
 それを捨てるなんてとんでもない、はずである。
 案の定、
「まさか」
 叢雲は首を、横に振った。
「『鬼畜執事』はするの。絶対するの」
 超・力強い言葉だった。
 頼もしい秘書艦だ……!
 あぁ! この僕が神に感謝することがある。叢雲が敵ではなかったことを。それはいいとして。
(では、何をどう修正する……?)
 読めずにいると彼女は、そうじゃなくて、と、
「執事はお嬢さまの兄だった、ということにするの。事情があって屋敷を追われていたお兄さまが、別の事情で呼び戻される。けどそれは兄としてではなく、執事として」
 ――そういうことか。
(呼び方も、キャラクタのバックボーン次第……)
 うなずけつつも僕は、
「……」違和感も覚えた。
 だがここも、口を挟まずにおく。
「でもお嬢さまにとってお兄さまはお兄さまで……」
 すると叢雲の熱い弁舌も、
「だから私はあんたのこと、『お兄さま』と呼べば……」
 途中から徐々に、
「そういうことで……、どうかしら……」
 しぼんでいった。
 彼女も、気づいたのだろう。
 誰に言われるまでもなく、自力で。
 それは誤魔化しにすぎない、ということに。
 その証拠に、
「叢雲」
「う……」
 僕のひと声だけで叢雲はたじろぎ、
「それはどちらかというと、『兄と妹』もののシナリオじゃないかな」
「うう……っ」
 はっきり指摘すれば、甚だしくよろめいた。
 ベタフラッシュで表現された雷が見えるようだった。
 僕は――、
(こんなの無粋なだけだよなぁ……)
 余計なツッコミであることは重々自覚しながら、譲ることができなかった。
「話そのものは悪くない――、否。正直好きな方向性だ。けど他方で、今夜のテーマはあくまで『お嬢さまと執事』ものであるべき、とも思うんだ」
「……うぐっ」
「こういうシナリオは初めてなんだし……、まだ応用を試みる段階ではないんじゃないかな」
「……うぐぐっ」
 床にくずおれ、ひざをついてしまう叢雲だった。
「そ、そうね……。そうよね、分かってたわ……。私、本当は分かってた……。そんなの逃避だって……。逃避で別ジャンルに救いを求めるなんて、どちらに対しても冒涜だって……。『お嬢さまと執事』ものにも、『兄と妹』ものにも……」
 ――えぇ、そうです。
 僕たちガチです。大真面目です。
 だからこそ、
「叢雲……」
 言いすぎた罪悪感が、僕にはあった。
 彼女のかたわらにかがむ。肩に手を置く。華奢な肩。
「司令官……」
 叢雲が僕の手に触れる。すがるように。
 手と手。
 つないだ。
 彼女はゆるりと身を起こすと、僕を見て――、
 微笑んだ。
 泣きそうでもあったけれど、確かに。
「うん……?」
「嬉しいの」
 空いている腕を、叢雲は延ばしてくる。
 抱っこをせがむ子どものように。
 むしろ僕から迎えに行く。
 抱き合った。
 ふたり、低い姿勢のまま。
 無理はあって、だけど、ぎゅっと。
「『嬉しい』って、何が?」
「ちゃんと付き合ってくれるところ」
「付き合わされてるつもりはないけど」
 叢雲のしたがることは、僕としても興味深いこと。
「そういうところ」

    ◇

 さて例によってここまでは前フリ、ここからが本題である。ただし今回のオチはいつもの、コジツケからの「さぁ叢雲改二を実装せよ!」パターンではない。心するように。大きく出たな。
 お気づきの方も多いと思うが、本レポートには不合理な点がひとつある。
「『ひとつ』……、だと……?」
 そういうことじゃなくて。
(どうして「名前」の呼び捨てにばかり、こだわる……?)
 他の手だってあるだろう。
『YAWARA!』の本阿弥さやか嬢がその執事を「徳永」と呼ぶように、『お父さんは心配性』の片桐家一族がその執事を「福永」と呼ぶように、『ルナティック雑技団』の成金薫子嬢がその執事を「黒川」と呼ぶように、S&Mシリーズの西之園萌絵嬢がその執事を「諏訪野」と呼ぶようにもっと新しいタイトルなかったの。と思ってたらS&Mシリーズここにきてドラマ化らしいですよマジでか出来が怖いこと極まりない。もとい。
(「名字」の呼び捨て……)
 これでいいではないか。順当だし、抵抗感的にも多少なりとマシだろうし。「名前」よりは。
 もっともである。
 つまり僕たちとて、それは承知している。
 では何故それを採用しないのか。
 お試しプレイすらしないのか。
 もちろん、理由はあって、
 それが、本題なのだ。
 とはいうものの――、どう説明したものか。
 かいつまんでいえば、僕たちの間では今や僕の名字は僕だけの名字ではないからというか、叢雲にしてみれば僕を名字で呼んでも、私だってそれじゃないかという感じに、なってしまうだろうからというか――、あぁでも、叢雲がそういう感じになるところは一見の価値ありだったかもしれない。
 かいつまんでないな……。
 えぇい言ってしまおう簡潔に。単刀直入に。
 僕たちケッコンしました。
 彼女の左の薬指で、白く輝くリング――、
 そう。今回ご報告したかったのは、このことだ。
(に、しても……)
 と思う。思ってしまった。
 冒頭のあのためらいは実際、何だったのか。
 我ながら粘着質である。どうにも払拭しきれない。
 訊けばきっと教えてくれるだろうけど、訊かれたくないからこそのためらいだったろうし……。
 そんな迷いが雰囲気に出ていたのか、
「どうかした?」
 僕の鎖骨のあたりに鼻を埋ずめていた叢雲が、顔を上げてしまう。彼女は敏感なのである。
「いや……」
 叢雲に見つめられ、いったんは言葉を濁す。
「何で『お嬢さまと執事』ものだったのかな……、と」
 でも結局訊いてしまった。表現は少し変えて。
 すると、
 腕の中で叢雲が、明らかに身体を硬直させた。
 見開かれる、目。
 ぴぃんと立つ、頭のアレ。
 そして、叢雲は――、
 ほっぺたを朱に染めると、再び鼻を埋ずめてしまった。
「叢雲?」何だなんだ。
 彼女の体温が上がっていく……。
「どうした?」
 問えば、答えは――、
 おでこを僕に押しつけたまま首を振る、だった。
(そこは掘り下げてくれるな、と……)
 しかし、もはや看過できなかった。
 示されたのがこんな、あどけない「いやいや」では。
 ――攻撃。
 叢雲のわき腹に指先で、つんと触れる。
 そこは、弱点。
 敏感な彼女の、中でも敏感なところ。
「ひゃあんっ」
 覿面、叢雲は跳ねた。全身で。のけぞった、に近い。
 顔が上がる。
 それを狙ったわけだが、
 そこにあったのは奇襲に、反射的に驚いた表情と、
 おでこの奥から首筋まで、見事に火照りきった肌と。
 湯気の立つような彼女。
 じっと見ていたら、視線だけ外されて、
 外されても見つめていたら、
 叢雲はぷるぷる、震え出した。
 頑張って口を「へ」の字に結ぼうとしているようで、
 うまくできないらしく、「U」の字になっていく。
 大胆、かつランダムな振幅の波線で描かれた「U」の字。
 笑っているようにしか見えない。
 笑っているようにしか見えないのに叢雲は、キッと僕をにらみ直すのだ。
「わ、わわ、笑わない?」と。
 涙目だった。
 愚問だった。
「叢雲のこと、笑ったことないよ」
 やばいとかすごいとか、思わされるのはしょっちゅうでも。
 言うと叢雲は、きょとんとしてから、
「――そうね、そうだった」
 ほっとしたように――、
 みたび、僕に鼻を埋ずめて、
「ああいうシナリオならあんたのこと……、自然に名前で呼べるかしら、って……」
 け、ケッコンしたっていうのに私、まだ「司令官」としか呼べないから……。
 でも直前になって、呼ぶの、怖くなっちゃった――、
 もごもご、告白してくれた。
(あぁ……、それが、真相……)
 僕を名前で呼ばないのは、彼女らしさだと思っていた。
 本人は悩んでいたんだなぁ。
 何とかしようとしての、この企画だったんだなぁ――、
「お嬢さま。お仕置きです」
「え……、ええぇっ?」
 叢雲がまたまた跳ね起きる。
「何を驚いていらっしゃるのですお嬢さま」
「こ、この流れでお仕置きっ? どうしてっ? いいけど……、じゃなくてっ。つ、続き、するの……?」
「だって必要でしょう? お仕置き――、可愛いことを言って人心を惑わす娘には」
「『可愛い』……、じゃなくてっ。『人心を惑わす』っ?」
「それと、『お仕置き』と言われて喜ぶような、はしたない娘にも」
「よ……、喜んでないわっ。喜んだりしてないわっ」
 してるしてる。声、はずんでる。
 いやはや……、うちの「お嬢さま」ときたら……。
「これは朝までお仕置きコースですね……、反省の色がまるで見られない」
「そんなこと……っ」
「あります。頭のソレ、ぴっこぴこです」
「これは動いてしまうのっ。どうしてもっ」

                    (了)