ナナサキはいつもハダシ [07/08]

「うーん……」
「――あの、先輩……、首、かしげないでください……」
「え?」
「ひとの手を握りながら……、失礼な」
「あー……、ははっ、ごめんごめん。――でも、逆だよ逆」
「『逆』?」
「感心してた」
「『感心』って……」
「本当に満足感でいっぱいになってきたなぁ。逢の手はすごいなぁ。参ったなぁ、と」
「……褒められてるらしい、とは分かるんですけど……、イマイチ喜びにくいですね――」

「これはテンション上がるなぁ、と」

「え。――じゃあ、ダメじゃないですか」
「はははっ、逆効果だったね」
「離してください、手、離してくださいっ」
「断る」
「妙なところで毅然としないでくださいっ」
「いいからいいから」
「ちっとも良くないんですが……」
「そんなことより……、さっきの話だけど」
「『話』――、あ」
「うん。水着の話。――いい方法を思いついたんだ」
「『いい方法』……?」

「逢の新しい水着は、逢がいいと思うものにしよう」

「え?」
「これなら人前で着てもいい、と逢が思えるものにしよう」
「え……、でも……」
「――プールでデートするはずだったのに、水着が原因でダメになった、なんて、笑い話にもならないし」
「それは……、そうなんですけど……」

「それに」

「……?」
「よくよく考えてみたら……、逢のビキニ姿をひとに見られるのって、なんか悔しい気もしてきたし」
「え……」
「独占欲ってやつかな……、違うか」
「どくせん……」
「何にしても、そういう感じのそれ……、僕だけの七咲逢、みたいな」
「……先輩だけの……、私」
「うん」
「……」
「あ……、けどそんなの、逢にしてみれば窮屈な話か……」
「……」
「ごめんね」
「……」
「……」
「……」
「……はは……」

「……いえ、私は別に……」
「――え?」
「窮屈とかってことは……」

「……」
「……」
「……」
「……」

「――え、えぇと、まぁ、とにかく、水着は逢が、大丈夫なやつで」
「……」
「そういうことで、ね」
「……」
「……」

「でも」

「ん?」
「先輩、それじゃ……、先輩は、ビキニ、あきらめ――」

「――ない、よ」

「えっ?」
「あきらめないよ。そっちも、あきらめない……、――『いい方法』って言ったろう? ビキニを切り捨てるようなのは、『いい方法』とはいえないよ」
「は……、はぁ」
「あきらめない。もちろん」
「『もちろん』……、と来ましたか……」
「もちろん、だ。もちろんあきらめない……、――拒否の一手だったんならともかくも、逢は、僕にだけなら見せてもいい、って言ってくれたんだ」
「――う」
「なら僕はあきらめない。――あきらめるもんか! 逢のビキニ姿をあきらめられるもんか!」
「……何だかやたら熱い魂の叫びが……」

「というわけで、ビキニも買います」

「――『も』?」
「水着の買いものは、2着、ってこと。逢が大丈夫なやつと、大丈夫じゃないやつ」
「え」
「――そうだ……、大丈夫じゃないやつの方は、僕が逢にプレゼントしよう」
「ぷ、ぷれぜんと……?」

「だってそっちは、逢が、僕だけのために着てくれる水着なんだから……、だったら、僕が用意するのがスジってものじゃない?」

「えええっ!?」
「違うかな」
「ち、違いますっ」
「そうかな」
「そうですっ。――ちょっともっともらしいですけど……、そんな、プレゼントとか、しかも水着を、とか……、そういうのは困りますから……、困ることされても、困りますっていうか……、――そ、それにっ! 第一、プレゼントされてもっ」
「『されても』?」
「いつ着るんですか私。どこで着ればいいんですか。人前では着れないんですよっ!?」

「大丈夫」

「『大丈夫』って……」
「『人前では着れない』ということなら、誰もいない場所を用意するまでだ」
「え」
「僕と逢のほかには誰もいない、ふたりきりの空間を用意するまでだ」
「ふ、『ふたりきりの空間』って……」

「僕の部屋とか」

「先輩の……、部屋?」
「僕の部屋。――僕の部屋なら、ほかの誰かなんていない。来ない」
「いない、来ない……」
「ふたりきり」
「ふたりきり……」
「逢も安心して水着になれる安らぎの空間」
「やすらぎのくーかん……」
「そう」
「……」
「どうだろう――」

「えええええっ!?」

「うわっ!」
「せ、先輩の部屋で私、水着っ!? ビキニっ!? ――え、ふたりきりでっ!? えぇっ!?」
「そ……、そこまで驚かなくてもっ」

「――えっ?」
「うん?」

「あ……、あれっ? 先輩……?」
「何?」
「……」
「どしたの?」
「『どしたの』って……」
「うん?」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――あの……、先輩?」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「――うん?」
「……」
「逢……? 本当に、どうしたの……? 大丈夫……?」

「せ……、先輩……?」
「ん……?」
「それ……、素、ですね……?」

「『素』……、って?」
「……わ、本当に素なんだ……」
「何? 何のこと? 何が?」
「……」
「逢?」
「……」
「――七咲さん? もしもし?」

「――そっ、か……。そうだよね……、先輩だもんね……。こういうこともあるか……、トボけてるわけじゃないんだ……」

「おーい」
「――先輩」
「あ、戻ってきた」
「?」
「こっちの話……、――何? さっきから……、どういうこと?」

「いえ……、先輩って、発想がものすごくストレートだなぁ、と。そう思って」

      ・
      ・
      ・

「『ストレート』……?」
「シンプル、と言ってもいいです」
「――何のことだか、全然分からない」
「水着のこと――、ビキニのことですよ」
「ビキニのこと……」

「『逢のビキニ姿が見たい。でも逢は、人前では着れないと言ってる。つまり、人前でなければいいわけだ。他に誰もいないところで着てもらおう。僕の部屋とか』――」
「うん……?」
「ストレート。シンプル。ゴールしか見てない。道すじはひたすら真っ直ぐ。わき目もふらずに最短距離」

「それは……、それだけ着てほしい、着たとこを見たい、ってことなんだけど……」
「……」
「――あっ、も、もしかして」
「……」
「何か、マズい……、とか?」
「――はい……」
「ど、どのあたりが……?」
「考えてください……」
「と言われても……」
「――あ……、すみません。突き放してるんじゃないんです……、そうじゃなくて、ゆっくり、じっくり、考えてみてください、ってことなんです」
「『ゆっくり、じっくり』……?」
「先輩って、ゴールだけを目指しすぎなんです……、そこまでの途中経過とか……、ゴールを……、と、通り過ぎてからのこととか……、そのあたりのことにも、目を向けてみてください……」
「う……、ん?」
「――なんて、偉そうに言える立場じゃないんですけどね、私……。私だって、さっき先輩に指摘されるまで、『水着なら手持ちのがある』とか考えちゃってましたから……、ストレートに、何の疑問もなく……」
「……」

「とにかく……、つまり、先輩の提案って、具体的には――、全体的には、画的には、いったいどういった図になるんでしょうね、ということなんです」

「『図』……?」
「図です。図」
「……」
「イメージしてみて……、ください……」
「……」
「その様子というものを……」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――あ」

「分かりました? 私の言ってること……」
「う……、うん……」
「……」
「……」
「……」
「――あのさ」
「はい」

「逢の、えっち……」

      ・
      ・
      ・

「はぁ……。言うと思いました」
「ため息混じりに言われた」
「ため息も出ますよ……、もう。――ち・が・い・ま・す。私は普通です。えっちとかじゃないです」
「そうかなぁ……」
「そ・う・で・す。普通は誰だって、私みたいに考えます。先輩が変なんです」
「『変』って言われた」
「変ですから。普通じゃありませんから」
「たたみかけられた」
「だってありえませんから、普通なら」
「……」
「意識もしないなんて、ありえませんから」
「……」

「だって……、先輩の部屋で……、私たち、ふたりきりで……」
「……」
「私、水着姿で……、それもビキニ……、先輩が言うには、ひ、ヒモとか三角とか、きわどいデザインの……」
「……」
「そんなシチュエーションを提案しておきながら……、先輩の頭にあったのは、『水着姿を見る』ことだけだった、なんて……」
「……」
「それからの私たち、どうなっちゃうんだろう、みたいな発想がない、なんて……」
「……」
「ありえません。普通じゃありません……、いったいどうしたら、そんなことになるんですか……」

「……」
「……」
「……」
「……」

「――うーん……」
「何です?」

「いやぁ……、こうすれば逢のビキニ姿を拝めるぞ、と思ったら、それ以外のことは綺麗サッパリと……」

「……」
「……」
「……」
「……」

「――はぁあぁぁぁあああぁ……」

「ははははは……」
「頭掻いてる場合ですか……、先輩らしいと言えば、らしいんですけど……」

      ・
      ・
      ・

「何にしても……、ダメですからね」
「ダメか……」
「ダメです。『部屋でふたりきり』案はダメです。却下です却下」
「却下か……」
「却下です」
「いい手だと思ったんだけどなぁ……」
「全然良くなかったです。――先輩はもうちょっと、物事を、いろいろな角度から考えるようにしてください?」

「そうだね。そうする」

「え。『そうする』……?」
「僕はあきらめない。まだあきらめてない。逢のビキニ姿をあきらめられるもんか」
「……また言ってる……」
「次の手を考えるさ。今度はよく検討する」
「……そんなに真剣に取り組むことですか?」
「うん。全力を尽くさなきゃいけないこと」
「……そうですか」

「――けど……」
「――?」
「こうなると、今日の帰りに見るのはもう1着の方だけ――、逢が着てもいいと思える方だけ、かな……」

「……」
「……」
「……」
「……」

「はい?」
「――あ、そっか。今日はドーナツ食べに行くんだったっけ。なら明日かな……、お買いもの」
「――え?」
「ん?」
「……」
「何?」

「……あの、先輩?」
「うん」
「『お買いもの』って何です? 『明日』って……、何の話です?」

「『何の話』って……、決まってるじゃないか」
「『決まってる』……?」
「分からない……? ――プールに行くには、新しい水着が必要だよね?」
「そうですけど……」
「だったら、お買いものに行かないと」
「それも、そうですけど……」
「じゃあ、早いほうがいい」
「分からなくもありませんが……」
「となれば、明日だ」
「『明日』……」
「明日。お買いもの。水着」
「『明日。お買いもの。水着』……」
「水着を用意して、プールに備えよう」
「……」
「……」
「……」
「……」

「あれ?」

「うん?」
「先輩……?」
「うん」
「えぇ……、と……」
「?」

「あの……、もしかしたら、ものすごーく今さらで、初歩的で、基本的なこと、訊いちゃうかも、ですけど……」
「何それ」

「そもそも……、プールに行くのって、決定でしたっけ?」

      ・
      ・
      ・

「え? 違った? ――決定じゃなかったっけ?」
「いえ、違ってはいないとは思うんですが……、流れとしては、『プールに行く!』って感じでしたし……、ただ、『決定』してたっけ?、っていう」
「うーん……、僕の中では、だいぶ前から大決定だったけど……、『流れ』とか『感じ』とか、あいまいな部分なしに、はっきり大決定」
「はぁ。『はっきり大決定』……」
「はっきり大決定」
「――あ……、そういえば、『そこしかない』というのは、聞いたような……」
「そうそう。それそれ。それ、大決定の気持ち」
「なるほど……」
「うん」
「……」
「……」

「そっか……」

「……?」
「じゃあ私、プールに行くんだ……、先輩と……」
「――うん」
「プールでデート、するんだ……」
「そう。デートする。プールで」
「……そうなんだ……」

「だから」

「……?」
「お買いもの」
「――あぁ……、そうでした」

      ・
      ・
      ・

「今日はドーナツ、明日は水着――、と」
「そうそう。――で」
「……? 『で』?」

「で、日曜にはプール」

「……」
「……」

「はい?」
「うん?」

「『日曜には』?」
「日曜には」
「……」
「……」
「『日曜』?」
「日曜」
「……」
「……」
「今度の?」
「今度の」
「……」
「……」
「……」
「……」

「先輩……」
「何?」
「私たちって、これ、今度の日曜の予定、立ててたんですか?」

「僕はそのつもりだったけど……、逢は違ったの?」
「私は……、ただ、そのうちどこかへ行こう、って話かと……、その時のために、どこに行きたいか考えておこう、って話かと……」
「あぁ……、なるほど」
「そんなに具体的な話だったとは、思ってませんでした……」
「そうなんだ」
「はい……」

「僕は――、僕の中では、デートを提案したら賛成してくれたぞ、よし週末はデートだ、――って話だった」

「行動力、高すぎません?」
「デート再び、だ、どこに行こう、相談してたらプールが候補地に挙がったぞ、一番楽しそうだ、行くぞ、絶対行くぞ、――って話で」
「決心、早すぎる上に、固すぎません?」
「となれば、買いものに行かなくちゃ、今日はドーナツ、明日は水着、そして日曜にはプールだ、――って話だった」
「スケジュール、きつすぎません?」
「――いや。言わせてもらえば、これでもむしろ、そんな悠長な、って感じ。もう、今すぐにでも行きたいくらいだから、プール。逢と」
「せっかちすぎません?」
「週末なんて、遠い未来に思える」
「大げさすぎません?」
「早く遊びたいし、それに早く見たい。逢の新しい水着姿」
「ストレートすぎません?」
「正直とか純粋とか言ってほしい」
「表現、キレイすぎません?」
「シンプルで美しくないかな、ある意味」
「だから表現、キレイすぎません?」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――逢は……」
「はい?」

「遊園地とかの方が、やっぱり、いい?」

「……」
「僕なら、それでもいいよ」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――ふふっ」

「え?」
「どうしたんですか? 急に」
「……」
「しょんぼりしちゃって……、さっきまでの勢いは、どこへ行っちゃったんです?」
「……」
「ここにきて、自分を省みてしまった……、とか?」
「――まぁ……、そんな感じ……」
「クスッ」
「ガツガツしすぎてたかも。プールプール言いすぎてたかも。水着水着言いすぎてたかも」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――そうですね。確かにガツガツしてましたね、先輩」

「う……」
「でも」
「……?」
「――違いますから」

「え……」
「それでプールに行きたくなくなったとか、そんなことはないですから」
「……」
「――渋ってたんじゃないんです。ただ驚いてただけ……、そんなに行きたいんだプール、そこまで見たいんだ私の水着姿、って。――それだけです」
「……そうなんだ」

「まぁ、全然ヒかなかったわけじゃ、ないですけど?」

「う」
「クスッ」
「……笑われた」
「……」
「……」

「大丈夫ですよ」

「え……?」
「プール、行きたいです」
「……」
「――昨日本を読んでて、行きたい、って思いました。――行きたかったのはそもそも、私なんです。行きたがったのは」
「……」
「それで今日、提案したら、先輩、賛成してくれました」
「……」
「だから今は……、昨日よりもっと、行きたいです」
「――そっか」

「まぁ、先輩の方の理由は、どうあれ?」

「う」
「クスッ。――ですから」
「?」

「ですから……、今日の帰りは、ドーナツ屋さん」

「……!」
「明日は、水着屋さん。日曜日は、プール」
「……」
「さっきのスケジュールでも、構いませんよ」
「……そっか」
「はい」
                           (続く)