ナナサキはいつもハダシ [06/08]

「『すけべ』って言ったのはですね……、先輩?」
「うん……?」

「先輩、今……、クリスマスの夜のこと、思い出しながら、評価しましたよね?」

「う……」
「ね?」
「……」
「すけべ」
「お……、思い出してない」
「いいえ。思い出してました。あの時のこと、絶対思い出してました」
「ないない。そんなことない」
「あります。そんなことあります」
「ありません」
「ならどうして、私の体型を評価できたんです?」
「そ、れは……」
「『それは』?」
「それは……、ほら……、逢の水着姿はよく見てるわけで……」
「……」
「――あ! でも別にこれは、『じっと見てる』とかそういう意味じゃなくて、『何度も見てる』という回数的なアレであって……」

「――先輩」

「う……」
「先・輩?」
「――はい……」
「まず……、じっと見ても、いますよね?」
「……」
「せ・ん・ぱ・い?」
「――はい……」
「それから……、何度も水着姿を見てるから評価できた、っていうの、ウソですよね?」
「……」
「本当はやっぱり、イヴのことを思い出して、評価したんですよね?」
「……」
「ね?」
「――はい……」
「……」
「……」

「すけべ」
「うわーん」

      ・
      ・
      ・

「うぅ……」
「先輩? ほら、いつまでも泣いてないで」
「追いつめたのは誰なのかと……」
「ふふっ」
「なんか、いつの間にか機嫌、直ってるし……」

「何か?」
「いいえ、何にも」

「クスッ。――さて。そろそろ本題に戻りません?」
「『本題』……」
「プールの話――、というより、水着の話でしたっけ」
「……」
「水着は毎年買い換えるもの――、とか」
「――あれ……、聞こえては、いたんだ……」

「何か?」
「いいえ、何にも」

「――となると……、プールに行くなら、その前にお買いものに行かなくちゃ、ですよね。新しい水着の」
「……」
「どんなのがいいかなぁ……」
「……」
「――先輩?」
「……」
「どうしちゃったんです? 急に静かになって」
「……」
「先輩の好きそうな話題なのに」

「――だから、さ」

「『だから』?」
「好きな話題だからさ。食いついて『語り』に入ったら、また何か言われる……」
「……」
「だから、黙秘します」
「……」
「……」

「先輩……」
「……」
「それって、『僕が好きなのは、それを語ったらまた何か言われるような、そんな水着です』って言ってるようなものですよ?」
「――あ」

「『あ』って……、もう。当たりなんですか?」
「う……」
「……」
「……」

「すけべ」

「……結局、また言われた……」
「言われるようなことを、考えてるからです」
「……」
「ダメですよ、そんなことばっかり考えてちゃ……」
「……」
「……」
「……」
「いえ、少しも考えるな、とは言いませんけど……」
「……」
「……?」
「……」
「先輩?」
「……」
「――あ、あの……、もしかして私、言い過ぎました……?」
「……」
「お、怒ってます……?」
「……」
「す、すみません、先輩……」
「……」
「――あーん……、真顔で黙っちゃうだけは、なしです……」

「そう、とも……」

「え?」

「そうとも! 僕はえっちだ! すけべだ!」
「ええっ!?」

      ・
      ・
      ・

「そうだとも! そうですとも!」
「わぁ、先輩が開き直った」
「というわけで、逢」
「は……、はい?」
「ビキニ」
「へ?」

「逢の新しい水着は、ビキニがいいと思う。えっちですけべでエロ大臣な僕としては、それがいいと思う」

「え……、えぇと、と、とりあえず、『エロ大臣』とまでは言ってません……」
「セパレートとかじゃなくて、ビキニ。ここは思い切って、ヒモで三角なやつに挑戦するのがいいと思う」
「聞いてない……、というか、はいっ!? 『三角』っ!?」
「色は……、白かな……、黒もいいかも……」
「――ちょ……、ちょっと! 先輩!?」
「何?」
「『何』じゃないです! そ……、そんなの私、無理です! 無理ですからそんな……、ビキニなんて!」
「そんなこと、ない」
「そんなこと、ありますっ」
「大丈夫。きっと似合う」
「大丈夫じゃありませんっ。そんなすごいの着たって、水着負けして終わりですっ」
「負けない。逢は負けない。必ず着こなせる」
「か……、仮に着こなせたとしても、それはそれで何だかイヤですっ」
「そんなこと、ない。イヤなことなんかない。――逢なら、行ける」
「い……、『行ける』って……、さっきから何を根拠にそんな……」

「僕」

「『僕』……?」
「僕が根拠。――僕は逢の身体の、あの素敵なラインを知っている」
「な……っ、何を言い出すんですかっ!」
「僕の目に狂いはない。あの曲線に、ビキニを重ねたなら、きっとすごいことになる」
「す、『すごいこと』……?」

「すっごい見るよ。僕。逢のこと」

「み、『見る』……?」
「じっと見るね。じーっと見るね。じぃいぃっと見るね」
「『じぃいぃっと』!?」
「――あ……、いや。もしかしたら、逆に見れないかも」
「え……」
「まぶしすぎて、みたいな」
「えええっ!?」

「――で……」
「ま、まだ何かっ!?」
「それはたぶん、僕だけのことでは、済まない」

「……?」
「まわりも、さ。――まわりのひとたちも、そうなる」
「『まわり』……」
「まわりのひとたちも、僕と同じことになる。『見る』か……、『見れない』か」
「え……、えええっ!?」
「何しろ『すごい』からね」
「そんな……」
「プールはもう、丸ごと逢のもの」
「……」
「――はは……っ。いや、『丸ごと』は、さすがに大げさか」
「……」
「でも少なくとも、逢の姿が目に入ったひとは、『見る』か『見れない』かになるんじゃないかな――」

「――先輩」
「うん?」

「私……、そういうのは、ダメです」

      ・
      ・
      ・

「ひとの目なんか、惹きたくありません……」
「……」
「そういうことになるなら私、着れません……」
「……」
「すみません……」
「……」
「……」

「冗談抜き、っぽいね……」

「……」
「そっか」
「……」
「残念」
「……」
「逢のビキニ姿、見たかったけど……」
「……」
「まぁ、仕方ないか。――分かった。取り下げる」

「え……」
「――?」

「い……、いいんですか? 着なくてもいい……、んですか?」
「――ははっ。どうしたの? 何で驚いてる?」
「だって……」
「ダメっていったの、逢じゃないか」
「それは……、そうですけど……、でも先輩は……」
「見たいよ? そりゃ、見たい。――けど逢、シャレでは済まない顔、してる」
「……」
「『着てくれ』とは言えないよ」
「……」
「ビキニは、なし。だから、しょんぼりしない――」

「あの……、先輩」
「ん?」

「そういうことにならないなら、いいんですけど……」

「……?」
「その……、つまり……」
「うん……?」

「見るのが先輩だけなら……、私、いいんです。着ます」
「……」
「……」
「……」
「……」

「えええええっ!?」

      ・
      ・
      ・

「どうしてそんなに驚くんです?」
「『どうして』って……、そりゃ驚くよ!」
「着ろとか、見たいとか言ってたの、先輩なのに……」
「そ……、それはそうだけど……! そういうことじゃなくて!」
「なのに、着るって言ったら、驚くなんて……」
「――いや! だから、そうじゃなくて! 驚いたのはそこじゃなくて! 僕だけならいいとか、そういうところっ!」
「……」
「……」
「……」
「――普通、驚くって……、そんなこと言われたら……」
「……」
「……」
「……」
「――いいの? 見るの、僕だけなら?」

「だって……、先輩、あんなに保証するし……、『似合う』って言うし……」

「……」
「ビキニ姿、見たそうにするし……」
「……う」
「あそこまでされたら、私だってちょっとは心、動きます……、挑戦してみても、いいかも、って……」
「……」
「けどやっぱり、それで人前に出るのはダメだから……」
「……」
「先輩だけならいいのに、って思って……」
「……」
「うー……」
「逢……」
「……」
「……」
「……」
「逢、あのさ……」
「……」

「忘れてるみたいだから、言うけど」
「……はぇ?」

「『次にさっきみたいなアレが来たら……、僕には衝動的にならない自信がない』」

「……?」
「『まず確実に、抱きしめる』」
「――あ」
「思い出した? 『こんなお日さまの元では答えにくい』ことをする」
「ああっ」

「さて……、逢」
「あ……、あ」
「『先輩だけならいいのに』、か……」
「い……、いえ、それは……っ」
「効いたよ……」
「それは……、そのっ」
「これは効いた……」
「それはそういう意味じゃなくて……、あ、でも、そういう意味ではあるんですけどっ、でもっ」

「――逢」
「はいっ!」
「ちょっとでいい」
「――え?」

「ちょっとだけで我慢する。我慢するから、こう……、ぎゅっ、とさせて」
「『ぎゅっ』……、って!? だ、ダメですっ」
「じゃあ、きゅっ、と」
「可愛い音にしてもダメですっ」
「きゅ、ならどうだろう。短めに」
「行為自体がダメなんですってばっ」
「ちゅっ、にしようか」
「もっとダメですっ! 一番ダメですっ! 絶対ダメですっ!」
「……そこまで拒絶されると、傷つく……」
「こ……、これは拒絶じゃなくて、ただ時と場合を選んでほしい、というか……」
「『時と場合』……」
「はい……」
「……」
「……」

「それ……、『基本的にはおっけーなんだけど』って言ってない?」

「――あっ」
「なるほど」
「う……」
「なるほどなるほど」
「……」
「……」
「……」

「否定の言葉が来ないぞ……」
「だって……」
「……」
「……」

「テンション上がってきた」

「また!? どれだけ上がるんですかっ。限界とかないんですかっ」
「だから、それを突破しちゃってるんだってば。今は。逢の台詞が効いてさ」
「――あ、なるほど……」
「納得してもらえたところで、そろそろぎゅーっと……」
「って、ダメダメダメ、ダメですっ」
「――うー」
「うなってもダメですっ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「うぅ」

「はぁ……、そんなに触りたいんですか? 私に……」

「そういうふうに言われると、何だか心外」
「けど、そういうことじゃないですか」
「――そりゃ……、まぁ、結果として、画的にはそうなるかもしれないけどさ……、違うんだよ」
「どう違うんです?」
「言葉にするのは難しいけど……、気持ちが違う、というか」
「ははぁ……」
「……」
「……」
「……」

「うー……、もう。仕方ないですね……」

「え。――それじゃ……?」
「違います。ぎゅっとかちゅっとかは、ダメです。――はい、どうぞ」
「……『手』?」
「手です。手をつなぐぐらいだったら、いいです。――それで我慢してください」
「えー」
「不満ならいいです。それなら、何もなしです」
「え」
「手をつなぐのもなしです。もちろん、ぎゅっも、ちゅっもなしです。何にもなし」
「……」
「どうします?」

「何だか僕、手をつなぐだけで大満足できそう!」

「……」
「……」
「――簡単すぎません?」
「自分でもそう思う」
「はぁ……」
                           (続く)