ナナサキはいつもハダシ [05/08]

「で……、『プール』、と」
「どうでしょうか? プール」
「どうもこうも……、僕としてはもう、そこしかないって感じ」
「『そこしかない』……」
「聞いてすぐに、面白そう、って思ったし。そう思ってたところに、逢にあんなこと言われちゃったし」
「う……、あ、あんまり言わないでください……、今になって、何だか恥ずかしくなってきました……」

「それにプールに行けば、逢の水着姿、見れるし」

「……っ」
「それもなんと、いつものとは違う水着姿を」
「……」
「――ほら。遊びに行くわけだからさ……、どう言えばいいのかな。普通のっていうか、水遊び用のっていうか……」
「……」
「そういう水着を着た逢を、見れる」
「……」
「見るの、初めて」
「……」
「これを楽しみにしなくて、どうする」
「……」
「期待大」
「……」
「いや本当に」
「……」
「……」
「……」

「――ヒいてる?」
「――少しだけ」

「あれ? 『少し』なんだ」
「言うと思ってましたからね……、はぁ……」

      ・
      ・
      ・

「予想通りだった、と……、そんなに分かりやすい?、僕」
「分かりやすいですね……、分かりやすすぎ、です」
「『やすすぎ』」
「プールを提案したら、先輩……、先輩のことだからきっと、すぐに水着のことに気づくだろうなぁ、って。そうしたら、大騒ぎするだろうなぁ、って」
「した、ね。大騒ぎ」
「けどこんな考え、ちょっと自意識過剰かな、とも」
「そうでもなかったね」
「もしも何にも言ってくれなかったらどうしよう、なんて心配も、してみたり」
「杞憂だったね」
「はい……、――そういう『予想』を、してました」
「『そして、その通りになりました』、と」
「だから……、ヒいたのは少しだけ。どちらかといえば、ほっとしたというか、嬉しくないこともなかったというか……」
「そうなんだ」
「……」
「……、ん?」
「……」
「どうかした?」

「――でも……」

「『でも』?」
「でも、先輩……」
「逢……?」

「あの……、訊いても、いいですか?」

「何を? ――まぁ、何でもいいけど。何?」

「本当に……、楽しみですか?」

      ・
      ・
      ・

「プールのこと? ――それとも、水着姿のことだったりして?」
「……」
「ははっ」
「……」
「――ん……?」
「……」
「……まぁ、どっちにしても、答え、同じだけどね。『楽しみ』」
「……本当ですか……?」
「本当です。――どうしたの? 急に」
「……」
「逢の目には、僕、演技してるように見える? 楽しそうなフリをしてるだけ、ってみたいに?」
「そんなことは……、ないんですけど」
「じゃあ……、どうして? 何でそんなこと、訊くの?」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――その……、先輩、って……」

「うん」
「プールに、来ますよね」
「――放課後? うん。行くね」
「私のこと、見ますよね」
「というか……、逢を、見に行くんだけど」
「その時、私、水着着てます」
「逢、水泳部だからね」
「……」
「……」
「……」
「これって、何の確認?」
「――う……、だから……、その……」
「うん」

「先輩って……、私の水着姿なんか、何度も見てるじゃないですか、っていう……」

「見てるけど……、でも」
「――確かに、その時のは競泳用の水着です。水遊び用のじゃなくて」
「そりゃ、部活だからね」
「水遊び用のを着たところ、先輩に見せたこと、まだありません」
「うん。まだないね。見せてもらったこと」
「なので、楽しみだというのは……、その……、分からないことは、ないんです。――あ。いえ、私のことがどうこう、とかじゃなくて。一般論として」
「うん」
「――それで……、そう。分からないことは、ないんですけど……」
「『けど』」

「けど……、やっぱり、中身は私なんです」

「『中身』……」
「中身です。水着の中身は、私」
「……」
「水着が違っても……、着てるのは私なんです」
「……」
「水着を替えたくらいでは……、私は私なので……、結局、あんまり違わないんじゃないかなぁ、って……」
「……」
「……」

「要するに……、プレッシャ、ってことかな」

「……」
「怖くなっちゃった、と。予想はしてたんだけど、それ以上だった、と――、僕の期待っぷりが」
「……」
「『あんなに期待してる先輩を、がっかりさせることになったらどうしよう』、と」
「……」
「なるほど」
「……」
「とりあえず……、不安にさせちゃったことには、ごめん、かな」
「――え……」
「ちょっと……、僕、はしゃぎすぎたかも」
「いえ、そんな……」

「けど、ね……、逢?」

「……はい?」
「逢は少し、誤解してる」

      ・
      ・
      ・

「『誤解』……?」
「誤解。――間違ってるよ、逢」

「――どこが……、ですか?」
「わりと、最初から」
「……?」

「だって僕……、見慣れたことなんて、ないからね」

「……」
「……」
「……」
「……」
「――はい?」

「僕は逢の水着姿を何度も見てる。それは、逢の言う通り。――でも、ね。それでも……、見慣れてはいないんだ」

「え……」
「逢の水着姿って、いいんだ。すごく。素敵なんだ」
「――ええっ」
「だから……、見慣れるとか、まして見飽きるとか、そういったことにならないんだよ。何度見ても。何度も見てるのに」
「えええっ」
「見ればいつだって、どきどきさせられる――、誇張とか抜きで」
「ええええっ」

「というわけで、逢は間違ってる。最初から間違ってる」

「……」
「これは、ね。逢の水着姿っていいものだなぁ、って話なんだ。それが基本……、いや、根本にある話なんだ」
「……」
「それが大前提で、その上での、水遊び用の水着姿の逢って初めてだなぁ、期待しちゃうなぁ、という話なんだ」
「……」
「以上」
「……」
「逢が不安に思うようなことは、ない。何も」
「……」
「僕、本当に楽しみなんだ」
「……」
「――どう、かな?」
「……」
「安心した?」

「安心しました……、水着のことについて、は」

「含みがある」
「はい……、何だか別の不安が……、先輩についての……」
「ははっ」
「笑いごとなんでしようか……」

      ・
      ・
      ・

「――はぁ……、何だか複雑です。気分」
「『複雑』」
「安心しつつ、余計に不安にもなりつつ、喜べないこともなくて、喜んでていいのかなこれ、って気もして……」
「なるほど。それは複雑だ」
「――もう……、他人事みたいに……、私は本当に、こう……、もやもやー、っとしてるんですからっ」
「『もやもやー』?」
「もやもやー。――プールに行くの、考え直そうかな、みたいな……」

「ダメ」

「へ?」
「ダメ。それはダメだ」
「――『ダメ』って……」
「ダメだ、逢。ダメ。考え直すのダメ。絶対」
「……何回言うんですか。『ダメ』」
「それこそ、何度でも」
「『何度でも』……」

「逢? ――僕は、ね。さっきの逢の言葉に震えたんだ。逢の新鮮な水着姿に期待してるんだ。逢とふたりでプールに行きたいんだ」

「う……、今度はひとの名前を連呼……」
「だから」
「『だから』?」
「ダメ」
「……」
「……」
「……」
「――ダメ」
「……」
「……」

「……、もう……、仕方ないですね……」

「おぉ」
「分かりました。考え直すの、考え直しました」
「やったね」
「はぁ……」

      ・
      ・
      ・

「――結局……、プレッシャ、解消されたようで、別な形のが新しくのしかかってきちゃってるような……、――先輩?」
「うん?」
「あんまり期待しないでくださいね? 本当に……」
「難しいなぁ」
「本当に、普通の水着ですからね……」

「――『普通の』……」

「はい……、体育用のでも、競泳用のでもないっていうだけの、本当に普通の……」
「……」
「――先輩?」
「……」
「どうしたんです? 急に、その……、真顔になってますけど」
「……」
「もしかして、気持ち、冷めました? 『普通の』って聞いて――」

「それはない」

「……否定、早すぎます……」
「そういうことじゃなくてさ……、逢」
「――何です?」
「水着」
「『水着』?」

「水着、新しくしなくていいの?」

      ・
      ・
      ・

「え……」
「今の言い方。もう持ってる水着のことを、言ってるように聞こえた」
「……『持ってる』……」
「で、それを着るのかな、新調しなくていいのかな、と思った」
「……『新調』……」
「その方が、良くないかな」

「――あ……」

「……うん?」
「……そっか……」
「……?」
「そう、だよね……」
「……逢?」
「――すみません、先輩……」
「何が?」
「その……、水着ならある、って思っちゃってました……、――そうですよね。せっかくのデートですもんね。新しいのにしなきゃ、ですよね」

「――あ……」

「……?」
「そっか……、そうも受けとれるか……」
「……先輩?」
「――そうじゃないんだ。そういうつもりで言ったんじゃない」
「はい……?」
「……まぁ、正直、『デートのために新しくしました』って台詞、言われてみたいとは思うけど。――でもさっきのは、そういうつもりじゃなかった」
「はぁ」
「僕の気分のことで、言ったんじゃなくて」
「『なくて』?」

「持ってる水着で……、大丈夫?、ってこと」

      ・
      ・
      ・

「『大丈夫』……、って……」
「それ着て大丈夫?、っていうか……」
「……」
「ひと言で言うのは、難しいな……」
「……」
「つまり……」

「っ!?」
「――うん?」

「それって……、どういう……、意味ですか……?」

「……何だか、風向きが、急に変わった気がする」
「い・ま・の・は・ど・お・い・う・意・味・で・す・かっ」
「へ?」
「失礼な……」
「『失礼』って……」

「大丈夫ですよ。着れますよ。――ちゃんと着れますっ。太ったりなんかしてませんからっ」

「――あ……、っ」
「す……、少なくともっ、着れなくなるほど太ったりはっ」
「い……、いや! いやいやいやっ! 違う違う違うっ! そうじゃないっ! そういう意味で言ったんでもないっ!」
「そりゃ、去年着た時からは時間、経ってますけどっ! 確かに最近、ごはんおいしいですけどっ!」
「そうじゃなくてさ! ほら、デザイン的にというか、流行的にというかさ!」
「入らなくなったりはしてませんからっ!」
「聞いて!」
「体型、変わってませんからっ!」
「だから、違うってば! そういうつもりで言ったんじゃなくて! 水着は毎年買い換えるものとか、聞いたことがあるから! 去年のでも大丈夫?、って、そういう意味なだけで! 変な他意、ないから!」
「……うぅ……」
「――あ……、治まった……? 分かってくれた……?」

「それとも……、そういうことですか……?」

「――くれてないっぽい……、むしろ悪化してるような……、『風力』増してるような……」
「そういうことなんですね……?」
「何が……? 『そういうこと』って……」

「逆に、着れるのがおかしい、という話なんですね……?」

「へ?」
「体型変わってないって、どうなのか、という話なんですね……?」
「え……」
「去年の水着が普通に着れるって、成長期としてどうなのか、という話なんですね……?」
「えええっ!?」
「ひ、ひとの気にしてることを……」
「――いやいやいやっ! 違うからっ! それも違うからっ! そういう話じゃなくて、あくまでファッション的な話で……」

「たとえ最初はそういう話じゃなかったとしても……、今、言われてそう思ったんなら、一緒ですよ……?」

「ヒィイ、アイアイが怖い。何コレ。この話題、逆鱗?」
「……」
「――いや、思ってないから……」
「……」
「思ってない思ってない」
「……うー」
「ない! 思ってない! 誓って、思ってない!」
「……」
「だ、第一! 思うはずがない! 僕がそんなこと、思うわけがっ!」
「……どうしてです……」

「そりゃだって、逢はっ!」
「……っ!?」

「って……、あ……」
「……」
「――あー……、えぇと……」
「……」
「……その……」

「……何です?」

「え」
「『逢は』、何です?」
「――う……」
「言ってください」
「……」
「言・っ・て・く・だ・さ・い」
「……うぅ」
「ほら」
「――逢は……、逢って……」
「はい」

「逢って――、こう、すらっとしてて、スレンダーで……、綺麗じゃないか、と……」
「……!」
「だから……、どうなのか、とか、僕が思うはずがない、と……」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――先、輩……」
「うん……?」

「えっち」

「――うっ」
「すけべ」
「そ、それはないと思うなぁ! 言わせておいて!」
「『言わせておいて』? ――それは、違いますよ?」
「……違う?」

「『すけべ』って言ったのは……、す、『スレンダー』とか、評価したことに対してじゃ、ありませんから」

「え……」
                           (続く)