ナナサキはいつもハダシ [04/08]

「ところで……」
「?」
「今思い出したんだけど、『行きたいところを、まずは全部挙げてしまおう』だったよね。方針」
「――あ」
「いきなり失敗しちゃってる」
「本当ですね。すごい脱線」
「……」
「……」
「……」
「……」

「いや、分かってるから」

「クスッ」
「僕のせいってことくらい、自覚してるから。反省してるから。だからそんな目で見ないで」
「じーぃっ、――なーんて」
「見ないで見ないで」
「ふふっ」
「ははっ」
「――でも」
「ん?」
「先輩のせいばかりでもないです。私だって、脱線させました」
「そうかな」
「そうです……、例えば、今、とか。――脱線させてますよね、これ」
「うーん。確かに」

「だから……、責任は 8:2 くらいですね」

「……」
「……」
「……」
「先輩が8の方です」
「いや、分かってるから」

      ・
      ・
      ・

「じゃ、じゃあそろそろ、デートの話をしよう。戻ろう」
「そうですね」
「――で……、えぇと、遊園地の話、だったけど」
「とりあえず、終わりでいいのでは? 行きたい、という結論で」
「そっか。――なら」
「別の候補の話を」
「どこかな……、というか」
「?」
「水族館、動物園、遊園地――、めぼしいところはもう、挙がっちゃってるような……、この辺にまだ、面白そうなスポット、残ってる?」
「あと1カ所だけ。良さそうなところがあるんです」
「へぇ……、どこだろう。どういうところ?」
「それが、ですね――」
「うん」
「……」
「……」

「――先輩?」
「うん?」
「どうかしたんですか?」

「何が? 何のこと?」
「何だか……、笑ってません?」
「そう?」
「そうです――、私何か、変なコト言いました?」
「そんなことは、ないけど」
「『けど』」

「ただ、珍しく逢が、自分の希望を言ってるなぁ、って」

「え……」
「それも次々、って。そう思ってただけ」
「……」
「未曾有の事態、ってやつ?」
「……みぞーのじたい……」
「あ、悪い意味で言ってるんじゃないから。どちらかというと嬉しいくらいだから」
「……『嬉しい』」
「むしろ、微笑ましい、かな……」
「……」
「――口にしてみると、何だか『上から目線』だなぁ、これ。そう聞こえてたらごめんね」
「……」
「……」
「……」
「――逢? 逢こそ、どうかした?」
「あの……、先輩?」
「うん?」

「私……、自分の希望、言ってませんか? 普段」

「言ってない……、と思うけど? 逢ってワガママ、全然言わないんだなぁ、と思ってた」
「え……? ――い……、言わない……、ですか、私? ワガママ?」
「うん」
「即答……」
「うん?」
「いえ……、あの、自分としてはワガママ、かなり言ってる、と思ってたんですけど……、今回のことでなんか、特に……」
「そうなんだ」
「はい……」
「ふーん……」
「……」
「……」
「……」

「ま、いっか」

「いえいえ……、あの、その結論はおかしいです……、何にも良くないです、何にも」
「いやいや、逢。ここはね? 逆に考えるんだ」
「『逆』……?」

「つまり、『自分としてはワガママ言ってるつもりはなかったのに、相手としてはそうでもなかった。向こうはこっちを、ワガママ放題なひとだと思ってた』という事態よりは良かった、と」

「……」
「どうだろう」
「――た、確かに、そんな事態よりはいいんですが……」
「そうだろう」
「でも何だか……、論点ズレてません?」
「ズレてないズレてない」
「そう……、でしょうか。そういう問題なんでしょうか……、これ」
「そういう問題そういう問題」
「どうも納得が……」
「気にしない気にしない。――そんなことより、『あと1カ所』のことを聞かせてほしいな。『それがですね』の続き」
「はぁ……」

      ・
      ・
      ・

「プール、なんです」
「『プール』……」
「はい。わりと大型の温水プールがあるみたいなんです。競泳用コースとかじゃなくて……、えぇと。どう言ったらいいのかな……」
「うーん、と……、レジャー? レクリエーション?」
「あ、それです。そう、そんな感じ……、『レジャー』」
「面白そうだけど……、いいの?」
「?」
「だって、それだと……、部活でもプール、デートでもプール、ってことにならない? 逢は」
「ふふっ。――部活とデートとは、違いますよ」
「そりゃ、そうだろうけど」
「それに――」
「『それに』?」
「……」
「……」
「……」
「……逢?」
「――そ、それに……」
「うん」
「その……」
「うん」

「部活には先輩……、いませんから……」

「……」
「デートでプールに行かないと、一緒に泳げない、みたいな……」
「……」
「……」
「……」
「――先輩?」
「逢」
「はい?」

「僕、ちょっと校舎裏に行ってくる」

「――はいっ!?」
「地面に穴を掘って、叫んでくる」
「何をっ!? というか何故っ!?」
「『何を』ということもないけど、とにかく叫びたい」
「ですから何故にそんなっ!?」
「――逢が訊くのか、それを」
「わ、私に責任のあることなんですかっ!?」
「 10:0 で逢だと思う」
「百パーセントっ!? どうしてっ!?」

「それはないと思うなぁ……、あんな、ぐっと来ること言っておいて」

「ぐ……、『ぐっと』……?」
「部活には僕がいない、デートでなら一緒に泳げる――」
「……う……」

「震えたよ……」

「ふ……、『震えた』?」
「感動した。テンション上がった。いても立ってもいられない」
「そんなにもっ!?」
「この昂ぶりをどうしたものか!」
「『どうしたものか!』って……、わ! 先輩、立ったっ!」
「というわけで、すぐ戻る……、必ず戻る」
「そんなカッコイイ顔で、カッコイイ感じで言われてもっ!」

      ・
      ・
      ・

「――ただいま……、ふぅ」
「本当に行くとは思いませんでした……」
「ちょっと気が済んだよ……」
「『ちょっと』ですか……」
「うん。――だから逢、気をつけて。僕のテンション、まだわりと高いところにあるから」
「はぁ……」
「次に限界を超えたら、叫びに行くだけでは済まないと思う」
「『済まない』って……」

「きっと……、逢を抱きしめる」

「――ええっ!? だ……、『抱き』っ!?」
「ぎゅって行くね」
「『ぎゅっ』!?」
「抱き上げたりも、ありうる」
「『抱き上げたり』っ!?」
「そのまま回ったりも、しかねない」
「『回ったり』っ!?」

「で……、たぶん、それでも治まらない」

「え……、ええっ!? まだ続くんですかっ!?」
「そうしてひとしきり騒いだ後……」
「あ、『後』……?」
「ぎゅーっ、と静かに、でも強く抱きしめて……」
「『静かに、強く』……」
「……」
「……ごくり……」
「……」
「……」
「……」

「――って! そこで黙らないでくださいっ! その先は!? その先はいったいどうなるんですかっ!?」

「う……、答えにくいなぁ……」
「答えにくいようなことになるんですかっ!?」

「うん……、答えにくい……。特に、こんなお日さまの元では……、答えにくい……」

「えええっ!? そ……、そんな大変なことにっ!?」
「ことに――、なるっていうか、ことをするっていうか」
「あわわわわ」
「だから……、さ。――だから気をつけて、ってこと」
「う……」
「次にさっきみたいなアレが来たら……、僕には衝動的にならない自信がない……」
「ですからそんな、カッコイイ顔で、カッコイイ感じで言われても!」

      ・
      ・
      ・

「……」
「……」
「――逢……、あのさ」
「……」
「確かに僕、言ったよ。『気をつけろ』って」
「……」
「でも、そこまでビクビクされても困る」
「だって……」
「話、できないよ」
「でも……」
「大丈夫だって。そうそう振り切れたりはしないから」
「そう……、ですか?」
「たぶん」
「……」
「なんか椅子引いてる! 大丈夫だってば!」
「『たぶん』?」
「たぶん」
「……」
「なんか中腰になってる!」
「すぐ逃げられるように……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「――疲れない? 空気椅子」
「鍛えてますから……」
「なるほど」
「でも」
「『でも』?」
「どうしてお昼ご飯の最中、しかもデートの相談をしてる時に、ひざの力だけで自分を支えなきゃいけないんだろう、って気はします」
「まったくだね」
「他人事みたいに……、誰のせいですか、誰の」
「――分かった。僕が悪かった。きっと大丈夫だから座ってくれ」
「『きっと』になりましたね」
「うん。きっと……、まぁ、だいたい大丈夫」
「……」
「分かった。ごめん。ごめんなさい。今のなし。『まぁ』とか『だいたい』とかなし。きっと、きっときっと大丈夫」
「……」
「だから中腰はやめて。ちゃんと座って。椅子」
「……、ふぅ」
「じゃあ戻ろう。デートの話に戻ろう。プールの話に戻ろう」
「先輩……、必死ですね」
「目の前で空気椅子されたら、必死にもなる」
「クスッ」
                           (続く)