ナナサキはいつもハダシ [03/08]

「じゃあとりあえず、行きたいと思ったところを全部、教えて――」
「……」
「逢?」
「いえ……、何でもありません。ちょっと疲れただけです」
「大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっとですから」
「そう?」
「そうです」
「なら、いいけど」
「そんなことより……」
「あぁ……、うん。どこがいいの?」
「遊園地が面白そうなんです」

      ・
      ・
      ・

「『遊園地』か……、遊園地も久々だなぁ」
「私もです……、あ、このページですね」
「へぇ……」
「ジェットコースタとか観覧車とか、メリーゴーランドとか。いかにも遊園地、って感じでいいですよね」

「……!」

「……先輩?」
「いや……、何でもない」
「そうですか……?」
「そう。うん。何でもない。大丈夫」
「……はぁ」
「大丈夫。うん。ジェットコースタとか観覧車とか、メリーゴーランドとか。いかにも遊園地、って感じでいいよね」
「――あの、先輩……?」
「いや、大丈夫。何でもない。大丈夫」
「……明らかに、何でもなくはなさそうなんですが」
「そんなことはないよ。大丈夫」
「……」
「……」

「――もしかして……、先輩? 苦手な乗りものがあるんですか?」

「……!」
「そうなんですね?」
「……そうでもない」
「そ・う・な・ん・で・す・ね?」
「――ない……、とは言わない」
「やっぱり」
「でも、まったくダメ、ってことはないから。頑張れば乗れるから。だから大丈夫。何でもない」
「『頑張る』って……、遊園地で頑張ってどうするんです? 遊びに行くんですよ?」
「けど」
「『けど』?」
「逢は乗りたいんだろう? ジェットコースタとか……」
「――つまり、苦手はジェットコースタ、と」
「あっ」
「速いのが苦手なんですか? それとも高いの? どっちです?」
「い、異議あり! 誘導尋問です!」
「ど・っ・ち・で・す?」
「……どちらかというと、高いのが……」
「なるほど。――ということは、むしろ観覧車の方が厳しかったり?」
「うん……、あ、いや、だからさ。何とかなるから。乗ったら死ぬ、ってほどではないし……」

「――先輩?」

「ん……?」
「私に、遊園地を楽しんでほしい、っていう先輩の気持ち、ちゃんと伝わってますから。それは嬉しいですから」
「……」
「でも」
「『でも』」
「でもそれで、先輩がつらい思いをするのは、それはダメなんです」
「……」

「だって、私も同じなんですよ? 私だって先輩に、遊園地を楽しんでほしいです」

「あ……」
「分かってくださいね」
「うん……、そうか。そうだね。ごめん……」
「いいえ。分かってくだされば」
「――それと」
「?」
「ありがと」
「――ふふっ」
「……ははっ」
「では、そういうことで。ジェットコースタは――」
「ん……」

「こっちの、小さい方にしておきましょう」

「……」
「ほら、コースタ、2種類あるみたいですから。すごそうなのと、ささやかなのと」
「……」
「ささやかな方なら、そんなに怖くないと思います」
「――え?」
「そんなに高くまでは、昇らないみたいですし」
「えぇと……」
「それなら、速くもないはずですし」
「逢?」
「きっと、大丈夫」
「七咲さん?」
「――はい?」

「あの……、乗らない、という話じゃないの?」
「はい」

「……即答だ……」
「即答です」
「……僕がつらい思いをするのはダメ、とか言ってなかった?」
「ですから、ささやかな方にしておくんです」
「あぁ……、なるほど。『乗る』のはとりあえず大前提、と。その上でどうするかって話、と」
「そうです」
「そうなんだ……」
「ふふっ。――大丈夫ですよ、先輩。乗ってみればきっと、何だこんなものか、って感じですよ」
「そうかなぁ」
「えぇ、たぶん」
「……『たぶん』……」
「クスッ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「――なぁ、逢?」
「はい」

「ここぞとばかりに、日ごろの鬱憤を晴らそうとしてない?」
「え? どうしてそんなふうに思うんです? 先輩……、何か心当たりでも?」

「う……」
「クスッ」
「――正直、あるなぁ……、心当たり。いろいろと」
「……って、認められても困るんですけど」

「まぁ、でも。そういうことなら仕方ないか。その鬱憤晴らし、甘んじて受けよう」

「え」
「頑張ってみるよ。コースタ」
「あ……、あの」
「ささやかなサイズだし、大丈夫だろう……、たぶん」
「――先輩?」
「ん?」

「冗談……、ですからね?」

「……」
「本気で仕返しとか、本当に乗せようとか、そんなつもり、ありませんからね?」
「……」
「すごそうな方にも、ささやかな方にだって、乗せようなんて思ってませんからね? 本気では」
「……」
「ちょっとだけ、こう……、何というか……」
「……」
「意地悪してみたかっただけというか……」
「……」
「……」
「……」
「す……、すみません……」
「――逢?」
「……はい……」
「僕、思うんだけど」
「はい……?」

「こういうことをするから、僕、仕返しされるんだろうなぁ」

「……」
「……」
「――はい?」
「ごめん。わざと」
「『わざと』……?」
「うん。真に受けたフリ」
「……」
「冗談な仕返しに、真剣な対応をしてみせて困らせる、という……」
「……」
「……」
「……」
「……」

「――先輩……、ほら、このページ見てください! このすごそうな方のコースタ! 本当にすごそう!」

「え」
「こんな高さまで昇って、こんな角度で急降下!」
「えぇと……」
「ここで2回転! こっちでは3ひねり!」
「……」
「怖そう。でも面白そう」
「……」
「楽しみですねー」
「……」
「……」
「……」
「……」

「ごめんなさい」
「聞こえません」

「ごめんなさいっ! すごい方だけは勘弁してくださいっ!」
「知りません」
「この通りっ!」
「どうしようかなぁ……」
「――わ……、分かった! おごる!」
「『おごる』?」
「何かおごる! 放課後何かおごる! だから――」

「なるほど。食べもので機嫌をとろう、と」

「う」
「ここは甘いものか何かで釣っておこう、と」
「いや、別にそんな……、釣るとかそういうのじゃなくて、純粋にお詫びのつもりで……」

「駅前のドーナツ屋さんあたりがいいだろう、と」

「え」
「チョコレートのとか生クリームのとか、食べさせておけばどうにでもなるだろう、と」
「……何だか話がどんどん具体的になっていく……」
「何か?」
「何でもありません」
「そうですか?」
「そうですとも」
「……」
「……」
「……」
「……え、えぇと! じゃあ! 放課後はドーナツ屋さん! そういうことで! そういうことでひとつ――」

「クスッ」

「……『クスッ』?」
「冗談ですよ」
「え」
「お返しです。『真剣な対応をしてみせて困らせる』――、先輩のマネをしてみただけです。怒ったフリをしてみせただけです。本気じゃありません」
「え……」
「――いえ。まぁ、少しくらいは、怒ってましたけど……」
「どっち?」
「……」
「ごめんなさい。ツッコめる立場ではありませんでした」
「――なーんて。今のも冗談です」
「……うぅ、逢がいじめる……」
「先輩、スネてもあんまり可愛くないですよ?」
「……うぅう、何だか逢、絶好調……」
「ふふっ。――というわけで」
「ん?」

「お詫びとか、おごるとか、そういうの、なしです」

「へ?」
「だって、全部冗談だったんですから。フリだったんですから。本当は怒ってなんか、なかったんですから。すごいジェットコースタに乗ってもらおうなんて、本心じゃなかったんですから」
「……」
「じゃあ、なし、じゃないですか? そうなりません?」
「……けど。元はといえば僕が――」
「いいんです。なしです。な・し」
「そう……?」
「はい」
「――そっか」

「あ、ただ……」
「ん?」

「ドーナツ食べたい、というのは……、それだけは本当だったので……」

「――ははっ」
「ふふっ」
「じゃあ、今日の放課後は寄り道」
「はい」
                           (続く)