ナナサキはいつもハダシ [02/08]

「タマゴサンドもらうよ」
「はい、どうぞ。――私もタマゴ」
「――で……、付箋のページを開けばいいのかな、これは」
「えぇと……、はい。だいたいそうです」
「『だいたい』?」
「行きたいところを探してたはずが、途中からもう、美味しそうな食べもの屋さんだ、ペタリ。このお店、可愛いもの売ってる、ペタリ――、という感じになってしまってたので……」
「ははっ」
「ですから、ここに行きたい、というところとなると、付箋のページのごく一部なんです……、まずは、えぇと……、ここ」
「『水族館』……、行ったところだよね?」
「はい。いつかまた行きたい、と思ってました」
「いいよ。また行っても。水族館にしようか?」
「――でも。一度は行ってるし……、とも思います」
「はははっ」
「ふふっ。――ですから、候補は候補。だけど優先順位は低め、ということで」
「了解」

      ・
      ・
      ・

「候補その2は――、こっちの……」
「『動物園』」
「はい。どうでしょう?」
「何だか、懐かしい響きだなぁ。『動物園』」
「ダメですか?」
「そうじゃなくて。ただ、懐かしい、ってだけ。――いつ以来になるんだろう……、小学校の遠足で行ったのが最後か?」
「私は、そうですね」
「どんなとこだったか、全然覚えてないなぁ。遠足、まさにこの動物園に行ったはずなんだけど……、ライオンとかキリンとかいたかな。ゾウもいたよな」
「カバとかサイとか」
「カバか……、見たような気がしてきた。サイはどうだったっけ……」
「――ふふっ」
「うん?」
「いえ……、その」
「?」

「――カバを見たと思ってたんだけど、確かめに行ってみたら、実はサイだったー」

「……」
「……みたいなことがあったりして」
「……」
「……なーんて……」
「……」
「――先輩?」
「……」
「あの……、もしかして、怒りました?」

「うん」

「え」
「怒った」
「そんなにはっきり言われても……」
「もう怒ったぞ」
「すごく、演技っぽいんですけど……」
「そうまで言われちゃ、確かめに行かざるをえない」
「もしもーし?」

「――ってことで行くと、本当に、カバの代わりにサイがいるんだ。僕の2連敗って結果になるんだ」

「……はい?」
「けど、それで終わりにはならない。単に逢の勝ち、では終わらない」
「はぁ」
「何故ならその後、オオカミが出てくるからだ」
「『オオカミ』?」
「どうする逢。オオカミが出てきたら。野良犬の比じゃないぞ」

「――あぁ……、そのあたりまで全部、あの時の再現になるぞ、という話なんですね」

「そうそう。あれの動物園ヴァージョン、という話」
「急に素に戻りましたね」
「演技って、疲れるから」
「はぁ……、――でも、先輩? 動物園には、そもそもオオカミ、いないんじゃないですか?」
「何とかって動物園にはいるらしいよ。テレビでやってた」
「あ、見たことあるような……」
「たぶん、同じ番組を見たと思う――、とにかく、どこかの動物園にはいるんだ。だったら、こっちの動物園にいてもおかしくはない」
「そんな強引な……、仮にいたとしても、どうして私たちが襲われるんです? オオカミ、放し飼いなんですか?」
「そうじゃないけど。でも、オオカミにだって、たまには外出したい日くらいあるんじゃないかな」
「――強引を通り越して、苦しまぎれになってるような……」
「ははは。負け惜しみかね」
「……どう解釈したらそうなるんです? ――だいたい、演技は疲れるんじゃなかったんですか先輩。また誰かさんになってますよ。誰なのかは、イマイチ分かりませんけど……」
「うんうん。まぁ、そうだよね。こういうことって、素直には認められないよね。うん」
「……むー……、聞いてない……、『軽くあしらってる』感に酔ってるっぽい……、――先輩? せ・ん・ぱ・い?」
「――おぉ。何だね七咲くん?」
「『おぉ』じゃありません。――そんなふうに言われては、私としても退けません。指摘させてもらいます」
「『指摘』?」
「先輩の理屈には、大きな穴があります」
「え……、『穴』?」

「仮に、万が一、オオカミが出てきたとして……、そうなった時、それと戦うのって、先輩の仕事ですよ?」

「……」
「『あの時の再現になるぞ』という話なら」

「――あっ」

「……やっぱり。そこまでは考えてなかったんですね」
「そ、そうか……、追い払うの、僕の役目か……」
「そうです。――頑張ってくださいね、先輩。私は怖いので、高いところに逃げますから。『勝負』とか『勝ち』とか、キレイに捨てちゃいますから」
「え……、ぼ、僕、見殺し!?」
「それは違います。私は『残る』と言うんです。でも先輩が、嫌がる私を無理矢理逃がすんです」
「……むぅ」
「負けないでくださいね、先輩」
「――うーん……、野良犬くらいならともかくも、オオカミと正面切って、か……」
「――先輩?」

「武器が要るよなぁ……」

「はい?」
「エサなんかもあるといい……、気を逸らせる……。いや、いっそシビレ薬でも混ぜておくとか……。あ、でも、オオカミって頭いいんだよな確か。シビレ肉なんか食べないか……?」
「……そんなに真剣に検討されても、困るんですが……」

      ・
      ・
      ・

「――……」
「あーん、とうとう固まっちゃった……」
「……」
「先輩? せーんぱい?」
「……」
「帰ってきてくださいよぅ……」
「――あぁ……、逢」
「あ、帰ってきた……、もう。『あぁ』じゃないですよ。どうしたんです?」

「いけそうだよ」

「はい?」
「十回のシミュレーションで、三回勝てた」
「はぁ。しみゅれーしょん」
「さすがに手強かった。でも勝てるようになってきた」
「はぁ。てごわい」
「勝率三割では頼りない、と思うかもしれないけど、こんな数字なのは勝利条件を、『僕と逢、ふたりの無事生還』と、厳しい設定にしてるからだ」
「はぁ。しょおりじょうけん」
「『少なくとも逢は無事生還』と、ゆるい設定にすれば十割になる」
「はぁ。じゅうわり」
「だから、逢はもう安心していい。オオカミなんか恐れなくていい」
「はぁ。ありがとうございます……、って言ってていいのかな、この事態……」

「――とは、いえ」

「え」
「やっぱりふたりで生き残りたいからなぁ……、もっと戦い方を詰めないと……」
「――って、ああああ先輩せんぱいせんぱいっ! 待って待って、詰めるのちょっと待ってくださいっ!」
「うん?」
「あ、あの! あのですね!」
「うん」
「そっちじゃなくて、まず、こっちを考えませんっ?」
「――『輝日東西南北中央不敗』……」
「デートの行き先の方を考えませんっ?」
「え……、でも」
「ほ、ほらっ。ほらあのっ」
「『ほら』?」
「まだ、動物園に行くと決まったわけじゃ、ないじゃないですかっ。動物園はまだ、候補のひとつにすぎないわけじゃないですかっ」
「――フムン」
「細かいところを詰めるのは、そこに行くと決まってからでいいと思うんですっ」
「あぁ……、そうか。行き先、別のところになるかもしれない……」
「そう! そうですっ」
「一理あるね」
「そうです一理ありますっ」
「というか……、考えてみれば、今はまだまだそれ以前の段階じゃないか。行ってみたいところ、ふたつしか聞いてないぞ」
「そうですそうですそれ以前の段階ですっ。今は候補を、とりあえず挙げていこう、って段階で、その次が、挙げた中からひとつ選ぶ段階で、細かいことを決めるのは、さらにその次の段階で、つまり、今じゃないんですっ」
「なるほど……」
「なるほどですっ」
「うん、それもそうか」
「それもそうですっ」
「じゃあ……、うん。行きたいところ候補を、とりあえず聞こうか」
「――ほ、本当ですか……? 良かったぁ……」
「うん?」
「い、いえいえ何でも……、はぁ……」
                           (続く)