ナナサキはいつもハダシ [01/08]

「あ、先輩。今日はちょっと本屋さんに寄りたいんですけど、いいですか?」
「ん。何か、発売日?」
「はい」
「じゃあ、寄っていこう」

      ・
      ・
      ・

「では、先輩。見てきますね」
「僕も。――またこの辺に来るよ」
「あ、はい」
「それじゃ、そういうことで。またあとで」
「はい――、あ、そうだ。先輩?」
「うん?」
「えっちな本とか、読んでちゃダメですよ?」
「読まないよ!」
「……」
「……」
「……」
「読まないよ……うにします」
「――クスッ。では、またあとで」

      ・
      ・
      ・

「お待たせしました……、あれ? 先輩、何読んでるんですか?」
「あぁおかえり。――これ?」
「それです」
「これは――」
「まさか」
「違う」
「……」
「違うよ?」
「……」
「全然違うよ?」

「――先輩……、偽証罪っていう罪があるらしいですよ?」

「違うってば!」
「……」
「――何という疑いのマナザシ」
「……」
「――でも口元は笑ってる」
「ぷふっ」
「吹き出してるんじゃない……、まったく。僕を何だと思ってるんだ」
「ちょっとえっちな先輩」
「即答してきた。しかも内容がヒドい」
「ヒドくもなります」
「『当たり前でしょう?』みたいな顔で言ってきた」
「だって私、さんざん体験させられましたから……、先輩のおかしな発言とか。行動とか。――ヒドくもなりますよ」
「……」
「……」
「……」
「――先輩?」
「た……」
「『た』?」

「体験……」

「……そういう言葉に食いつくから、『かなりスケベな先輩』みたいな評価を下されるんです。そういう話をしてるんです。分かってるんですか?」
「……」
「……」
「うーん」
「何です」
「評価、ランクアップした」
「ダウンしたんです……、もう」

      ・
      ・
      ・

「結局……、その本、何なんです? 雑誌みたいですけど」
「まぁ、雑誌。こんな」
「――『輝日東西南北中央不敗』……」
「漢字多いタイトルだよね」
「――どういう本だか、まるで分かりません」
「漢字多いタイトルだからね」
「いえそういうことじゃなくて……」
「まぁ、要するにガイドブック。このあたりのオススメのお店とか、遊べるところとか、そういうのがたくさん載ってるやつ」
「なるほど」
「どーん、としたデート、そろそろ再び――、と思ってたところだったからさ。つい手が伸びて。立ち読み」
「あぁ……」
「……」
「……」
「……」

「――はい?」

「うん?」
「『デート』?」
「デート」
「『デート』って言いませんでした? 今」
「言ったよ。デート。正確には『どーん、としたデート』」
「『どーん』……」
「ばーん、でもいいけど」
「『ばーん』……」
「『ちょっと気合いを入れて、水族館とか、遊園地とか、そんな感じのところに行って、まるまる一日フルコースで遊ぶ』というくらいの意味の擬音」
「『まるまるいちにちふるこーす』……」
「どうかな」
「……」
「逢?」
「……」
「七咲?」
「……」
「もしもし?」
「――あのっ」
「おおぅ」
「ちょ、ちょっと見せてくださいその本。貸してください」
「どうぞ。――って、貸すも何もないけど。まだ買ってないし。立ち読みしてただけだから……」
「じゃあ買ってきます」
「へ?」
「ここで待っててください先輩。行ってきます」
「え。本気?」
「本気です。それが何か」
「そ、そうなんだ」
「では」
「――あ、待って待って」
「何ですか」
「買うならこっちの、3冊ほど下のやつの方が」
「あ、そうですね。そちらにします。では行ってきます」
「行ってらっ――、って早い! もうレジに並んでる!」

      ・
      ・
      ・

「こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く提案すれば良かったなぁ」
「ふふふっ」
「――逢……、顔、すっごいゆるんでる」
「いいんです」
「いいのか」
「いいんです」
「そうなんだ」
「――そんなことより、先輩?」
「ん?」
「この本、私が持って帰っていいんですか?」
「買ったの、逢だよ」
「そうですけど……、元々は先輩が読んでたものですし」
「立ち読みに『元』も何もないって。――それに」
「はい?」
「本当は、渡す気、ないだろ? めちゃくちゃしっかり抱えてる」
「はい」
「はっきり認めたよこの後輩は」
「ふふっ」
「いいけどさ」
「……」
「……」
「――明日」
「ん?」
「明日、持ってきます」
「学校に?」
「学校に。――一緒に……、お昼食べながら……」
「読もうか」
「はいっ」

      ・
      ・
      ・
      ・
      ・
      ・

「あ、先輩。おはようございます」
「おはよう」
「さっそくですけど、今日のお昼は――」
「――気合い入ってるなぁ……」
「はい?」
「いや、こっちのこと。――『お昼は』? どうする?」
「お弁当を作ってきました。今日のお昼は、そういうことでよろしくお願いします」
「『お弁当』」
「はい――、ランチを買いに並ぶ時間も惜しいかな、と思って。水筒もありますよ。普通のお茶ですけど」
「――本当に、気合い入ってるなぁ……」
「ちなみに、中身はサンドウィッチです」
「……読めたぞ」
「ふふっ。――きっとそれ、当たってます」
「『これなら、読みながら食べやすい』?」
「はい」
「――めちゃくちゃ、気合い入ってるなぁ……」
「ではまた、お昼に」

      ・
      ・
      ・

「先輩、せーんぱいっ」
「まさか教室まで迎えに来るとは思わなかった……」
「行き違いになっても、困りますし」
「――とんでもなく、気合い入ってるなぁ……」
「では、行きましょう。早く行かないと、テラスが満員になっちゃいます」
「はいはい。引っ張らなくても歩ける」

      ・
      ・
      ・

「良かったですね。テーブル、まだ空いてて」
「本当にね」
「――あ、先輩」
「何?」
「そこじゃダメです」
「何が?」
「席が。座る席」
「『席』?」
「向かい合って座ったら、本、読みにくいです」
「あ、そうか……、って」
「?」
「てことは、テーブル席に並んで座るわけ? ふたりで?」
「仕方ないじゃないですか。本、見なきゃいけないんですから」
「それはそうなんだけど……」
「先輩、ほら。早く座ってください」
「――はいはい」

      ・
      ・
      ・

「では。これが昨日の――」
「……だいたい予想はしてたけど、雑誌の方が先に出てきた……、しかも何だか付箋がびろんびろんハミ出てる……」
「何か?」
「いや、こっちのこと」
「で、こっちがお弁当です」
「サンドウィッチ」
「はい。あとは水筒」
「――……じゃ、始めようか」
「はいっ」
                           (続く)