DOWN TO HEAVy greEN 14

■ メディック・くりすけ

 た……、
 大変なことに、なっちゃった……。

*

 ――あ。
 いえいえ。
 そっちじゃなくて。

「どりるさん、朝から大暴れ」のことじゃなくて。

 ――まぁ……、
 そっちはそっちで、大変だったのには、違いないけど。

 むしろ、大変すぎたんだけど。
 それどころか、めちゃくちゃだったんだけど。

 そりゃ……、ね。
 その気持ちは、私にだって、判る。
 痛いほど、判る。
 判りますよ。
 判りますとも。

 どりるさんがどうして、そうなっちゃうのか――。

 そんな……、
 朝から。

 騎士さまに迫られちゃったりしたら。
 愛をささやかれたり、しちゃったら。

 びっくりするのは、しかたないこと。
 とり乱すのは、無理もないこと。

 たとえどんなに、
 本当には、嬉しいくらいなことで、あったとしても……、
 本当には、見せびらかしたいくらいなことで、あったとしても……、

 素直に、そうするわけにはいかない。
 素直に、喜ぶわけにはいかない。

 やっぱり、恥ずかしいから――。

 だから、照れ隠し。
 照れ隠しに、ジタバタしてしまう。

 ――判ります、とも。
 その気持ち。

 私だって、きっと、そうなる。
 騎士さまにそういうコト、されちゃったら……、

 きゃー。

 そんな!
 そんなそんな!
 そんなコト!

 こんな、朝っぱらから!
 みんな見てますよぅ!

 いけません!
 いけませんってば!

 ……。

 もう……。
 少しだけ、ですよ……?

 ……。

 ……はぁあ……。

 ……。

 ――……、?

 あれ?

 ――あ。
 あぁ。
 そうそう。
 そうだったそうだった。

 話の途中だったっけ……。

 ……。

 話――。

 ……。

 えぇとー。
 何の話だったかなー。

 ……。

 ――あ。
 あぁ。
 そうそう。
 そうだったそうだった。

「どりるさんの気持ちは判る」というお話だった。
 そうそう。
 そうだったそうだった。

 そう――。
 判ります、とも。
 その気持ち。

 けど……、

 ただ、どりるさん。
 貴女のジタバタは――、

 大変すぎるんです。
 めちゃくちゃすぎるんです。

 そこのところは、もうちょっと考えていただきたく。
 注意していただきたく。
 できれば、控えていただきたく。

 だって、
 騎士さま、また傷を負ってしまったじゃないですか。

 ――そりゃ……。
 告白しちゃえば私、騎士さまのお手当をする時、確かに、大きな喜びを感じてますよ。
 嬉しいな、ってなりますよ。
 楽しんですら、いるのかもしれませんよ。

 それはつまり、騎士さまの負傷を望んでいるのと同じコトだ、と言えるのではないか。
 どりるさんの気持ちは、理解できるところのものでもあるし、その狼藉を肯定してる部分も、どこかにあるのではないか。

 そう聞かれたら……、
 まったくない、ひとかけらもない、
 ――とは、断言しきれない私ですよ。

 でも、
 やっぱり、
 それは所詮、単なるワガママ。
 いけない考え方。
 私の出番なんて、本当は、ない方がいい。

 判ってます。

 だから、
 きっぱり否定できるように、私は、強くなろうと思います。
 努力しようと思います。

 私は騎士さまの負傷を望まない。
 私はどりるさんの狼藉を肯定しない。

 なので、
 どりるさん。
 貴女の気持ちは判りますが、自重してください。
 そう言わせていただきます。

「あのさ」

 はい?

「なんか、勝手なシナリオを作ってない?」

 うーん。
 何のことでしょうか。うふふ。

*

 とにかく。
 何にしても。
 そっちは既に、解決済み。

 騎士さまが立ち向かって、取り組んで、
 私は、少しばかり、後のフォローをして、
 それで、それは、一応の終結をみた。

「どりるさん、大暴れ」は既に、解決済み。
 もはや過去のこと。

「大変なこと」というのは――、
 今まさに、現在進行形なこと。

*

 そもそも。
 では、私たちは、どこで、何をしてるのか、っていうと。

 場所は、武具屋さん。
 目的は、お買いもの。

 そう。
 昨日は疲れててできなかったお買いものをするために、改めて、武具屋さんを訪問、な私たちで、
 それも、メインのターゲットは防具、な私たちで、
 特に鎧!、な私たちで、

 欲しいものは他にも、例えば靴とか、いろいろあるけれど、とりあえずは鎧を新調しよう。
 いい鎧に着替えよう。

 そんな意見で一致してる、私たちだった。

 一度でも森に入って、そういう意見にならないひとはいないと思う。

 で。
 どれがいいかなぁ、って品定めを始めた私たち。

 ――これは着れそうにない。
 ――これは着れる。
 ――これは……、着れないこともないけど、これを着て歩き続けるのは厳しそう、ましてや何かと戦うなんて。

 試着大会。
 着せ替え大会。

 わいわいやって、
 お財布とも相談して、
 これにしよう、って品物が、みんな、それぞれに決まった。

 けれども、
 よし、お会計――、とレジに進むわけにはいかなかった。
 すぐには。

 サイズの問題が、あったから。

 ベルトなんかで調整できるようにはなってたけれど、しっくりこないところは、どうしても残っちゃってて。

 それは、オーダ・メイド品じゃない以上、避けられないことではあるものの……。

 とはいえ、
 なら、しかたないか、と簡単には妥協したくもなくて。
 着心地だって、重要なポイント。

 とはいえ、とはいえ、
 特注するほどの資金までは、あるはずもまた、なくて。

 困ったなぁ。
 うーん、どうしよう。

 ――というわけで、店主さんに相談してみた私たち。

 そうしたら、店主さん曰く、
「仕立て直しも、受けつけてるよ」とのことだった。

*

 私たちは喜んで、それを頼むことにした。

「加工する量によっては、別料金になっちゃうけど……」

 だそうだったから、諸手を挙げてもいられなかったけど。
 それでも、基本的には、悪い話じゃなかったから。

 めでたしめでたし。
 こうして私たちは、新しい装備を手に入れたのである――。

*

 と、終われたら良かったのに。
 そうはいかなかった。

 直後に、問題が発生したんだ。
 しちゃったんだ。
 めでたくなくなっちゃったんだ。
 良くなくなっちゃったんだ。

 その原因は、店主さんの発言。
 ――要求。

 といっても……、
 その内容、それ自体は、至極当然のことで、
 もっともなことで、
 もっともすぎるくらいの、ことで、

 だから、
 店主さんを責める方が間違ってる、ってものではあった。

 それでも……、ね。
 それでも、
 あれは、爆弾発言だったよ、と私は思う――。

「じゃあ、サイズ測って申告してもらえるかな?」

 そして、
 レジカウンタに置かれる、

 筆記用具。
 メモ用紙。

 ――巻き尺。

*

 ……。

 お店の中が、シーン、とした。

 ……。

「……!?」

 お店の中の空気が、大きく跳びはねた。

 びっくりした感じ。
 慌ただしくなった感じ。
 騒がしい感じ。

 それから――、

 静かに、
 張りつめる。

 何だか、
 何故だか、
 お互いの様子を、出方をうかがうような、
 私たち、
 4人。

 そう、
「4人」だ。

 ひとり、そうじゃないひとがいた。
 動じてないひとがいた。

 それは、
 騎士さま。

「はーい」

 普通に、返事をして、
 普通に、店主さんからスペシャル・アイテムを受け取って、
 普通に、私たちの方に向き直ってた。

 平常心。
 さすがは騎士さま。
 すごいなぁ――。

 そんな、すごい騎士さまは、
 歩いて、
 私たちの方に――、

 違う。
 私の方、に。

 私の、すぐ目の前まで、
 歩いて、くる。

 歩いてきて、

「じゃあ、くりすけ――」

 手を、
 巻き尺を持った手を、

「はい」

 と差し出してきて、

「は」

 思わず、手を出してしまう私。
 両手で、受け皿のかたちを作って。

 すると、
 そこに、騎士さまは、
「よろしく」
 巻き尺を載せた――。

 ……。

「……はい?」

 どういう意味、なの、かなぁ……?

 そんな疑問符が、
 たぶん、思いっきり、顔に出ちゃってたに違いない。
 騎士さまは、説明してくれた。
 笑って。

「身体測定は、保健委員さんのお仕事」

*

 ……。

 えぇと……。
 私?

 私が……、やる?
 私に……、やれ?
 と?

 身体測定……。

 そういうアレを?
 どういうアレを?

 つまり。
 こういうアレを?

 騎士さまのお身体に、これを巻いたり。
 巻きつけたり。
 きゅっ、と締めたり。
 きゅーうっ、と締めたり。

 そうして、
 数値を読み取ったり。

 スリーサイズを明らかにしたり。

 そういう――、
 そういうアレを、
 実行せよ、とおっしゃる?

 この、私に?
 私に、やれ、
 と?

 ……。

 ――た……、
 ――大変なことに、なっちゃった……。

 ……。

 や、
 やらなければ、いけません、か?
 私、が?

 ……。

 っていうか、

 ……。

 私がやっても、いいんですか?

 ――やっちゃっても、いいんですか?

「乗り気?」

 うふふ。

                          (続く)