DOWN TO HEAVy greEN 13

■ バード・ニーチェ(続き)

 目が覚めた。
 すっきりした目覚めだった。

 起きるのに、ちょうどいいタイミングだったに違いない。

 つまり、これよりも早いタイミングだったら、寝たりない……、って二度寝しちゃってただろうし、遅いタイミングだったら、寝すぎた、だるい……、って、やっぱり二度寝しちゃってただろう、ということ。

 僕は起きる。
 起きる前に、うーん、と背伸び。
 それから、はっ、と腹筋で起きあがる。

 ベッドの上に、足を投げ出してる形。
 ひざを曲げて、横座りになる――。

「おはよ、ニーチェ」
 そこに、声をかけられた。

 ちょっとびっくり。
 そして、ちょっとがっかり。

 今日こそ、僕が一番だと思ってたのになぁ。

*

 声をかけてきたのは……、って、そっちの方を見る。

 見なくても、判ってるけどね。
 声で判るし。
 それに、
 僕より早起きなひと、っていったら、ひとりしかいないし。

 ――僕は、そのひとに、あいさつを返す。
「おはよう、すにこ」

 そう。
 それは、すにこだ。

 すにこは、ベッドの端に腰かけて、僕を見てる。
 微笑してる。

 ――微・微笑、くらいかな。

 笑ってる、というと大げさで、
 でも、素、というのとも違う。
 そういう顔。

 そういう――、
 とっくに、完全に、目が覚めてる顔。

 ってことは、すにこが起きたのは、僕よりもずいぶん前、ってことになる。

 今日の早起き勝負は、
 ――今日の早起き勝負も、
 僕の負け、だったみたい。
 しかも、惜しくも何ともない、という差をつけられての負け、だったみたい。

*

 何回か、森でキャンプを張ってる内に、明らかになった事実がある。

 それは、僕たちの中で一番早起きなのは、すにこだ、ってこと。

 キャンプでは、みんなをふたつのグループに分けて、交替で休憩や仮眠をとったりするわけだけど――。

 そうだね。
 例えば、僕とすにことが、一緒のグループになったとしようか。

 ――さぁ、僕たちの休憩する番が来ました。
 おやすみなさーい。
 ぐうぐう。
 ……。

 しばらくして、僕、起きる。

 すると、その時――、
 僕が起きた時には既に、すにこは起きてる。
 他のひとは、まだ寝てる。
 今日みたいに。

 そんな感じになる。

 反対に、違うグループになったとする。

 ――さぁ、すにこたちが休憩する番です。
 つまり、僕たちは見張りをする番です。
 すにこは、ころん、と眠っちゃう。
 ぐうぐう寝てるなぁ。
 ……。

 しばらくして、僕、そろそろ交替の時間だなー、って思い始める。

 すると、ちょうどその時――、
 すにこは、ぱっと目覚める。
 他の誰よりも早く。

 そんな感じになる。

 そんな感じになるのを見ていて、僕は、結論を出した。

 僕たちの中で一番寝起きがいいのは、すにこらしい――って。

 意外、だよね。
 むしろ、一番お寝坊さんっぽいのにさ。すにこって。
 そんな風に言ったら、失礼かな。
 ま、いっか。

*

 ところで。
 最初に負けた時には、特に悔しいとか、そんなことはなかった。

 その時、っていうのはつまり、初めてのパーティ、初めての冒険、初めての戦闘に、初めてのキャンプ――と、初めてづくしっていう時、だからね。

 疲れてたんだなぁ、僕。
 爆睡しちゃったんだなぁ、僕。
 そう思っただけだった。

 けど、何度かキャンプをする内に、どうもおかしいぞ、って気がしてくるわけ。
 ついには、その事実を認めなきゃいけなくなったわけ。

「すにこはどうやら、僕よりも早起きさんだ」。

 そうなると、早起きには自信のある方(単なる思いこみじゃないよ。実際、すにこ以外のみんなよりは、いつも早く起きてるし)な僕としては、思わざるをえない。

 負けてられないぞ、って。
 勝つぞ、って。

 そう思って、それ以来ずっと、今日こそはすにこよりも早く起きてやろう、いやいや今度ばかりは負けられないぞぅ、って、すにこと同じグループになるたびに、競争してる(といっても別に、すにこに挑戦状を叩きつけて、はっきり白黒つけようとはしてないよ。僕の方が、一方的に、心の中でやってることにすぎない)僕なんだけど、勝てた試しは、まだ、ない。

 今日も負けだったしさ。

*

 防衛戦を今日も勝ったすにこは、ベッドに腰かけてるんだけど、
「ねぇ、ニーチェ」
 と僕を呼んだんだ。

 何だろ?、って思って、そう聞いたら、

「ちょっと、聞いてもいい?」
 だって。

 何を聞かれるんだろう、って考えるまでもなく、すぐに心当たりがある僕だった。

 ほら。
 昨日の、どりりんの復讐劇に手を貸したこと。
 あれについて、文句を言われるのかなぁ、って。

 すにこには済まないことをした、って思わなくもないものの……、
 でも、あれって、
 悪いの、すにこだよね。

 それに、さ。
 どりりん、怖かったし。
 逆らいたくなかったし。僕までターゲットにされかねない。

 ――そういう方向で説得、っていうか、ぶっちゃけ、言い訳しようって決めつつ、心の準備をしてたら、なのに、すにこが言ったのは、全然別のことだった。

「ニーチェってさ、寝る時の方が重装備なのは、何で?」

 え?

 僕は自分を見下ろす。

 パジャマだ。

 ――うーん。
 そうだね。
 まぁ、確かに、ね。

 重装備だね。今の僕。
 森の中に冒険に出る時よりも。

 おへそも、おなかも、胸元も出てないし。
 下だって透けてないし。

 露出度、低いね。

 変だね。
 おかしいね。

 けど……、
 そんな疑問、いだくものかなぁ、普通。
 しかも、聞くかなぁ、普通。

 すにこは、よく判らないひとだ。

*

 どう答えればいいのかなぁ、って悩んでると、すにこは、
「いい、いい。聞いてみただけ」
 なんて手を振って、自分から話題を打ち切っちゃった。

 本当に疑問に思ったんじゃないみたいだった。
 ふと思い浮かんだことを、そのまま口にしただけ、みたいだった。

 僕としては、せいぜい、そういう習慣だから、くらいの答しか用意できそうになかったし、正直、助かった、ではあった。
 でも、そうして、ほっ、としながらも、移り気だなぁ、と呆れないでもなかったりして。

*

 そうこうしてる内に、うにゃー、とか、むー、とかって鳴き声みたいなのが聞こえてきたり、ぎしー、ってベッドのきしむ音が聞こえてきたりする。

 その出どころの方を見る。

 まず、すずめちゃん。
 すずめちゃんが、起きあがってる。

 でも、まだ半分寝てる顔。

 それから、クリスちゃん。
 クリスちゃんは、ちょうど、むくー……っ、と起きあがってくるところ。
 すずめちゃんにつられた、みたいなタイミングだね。

 こっちもやっぱり、まだ寝てる顔。

 ただし――、
 半分どころじゃない。

 8割は寝てる。

 目、開いてないし。
 寝癖、すごいし。
 寝癖は関係ないか。

 ……。

 ――あれ?
 クリスちゃん、もしかして、また寝ちゃってない?
 座ったままで。

 そんな、寝てるとも起きてるとも言えないふたりに、
「おはよ、すずめちゃん、くりすけ」
 すにこが、ごあいさつした。

 すると。
 すずめちゃんってば――、
 何故かやたら深々と、折り目正しく、頭を下げた。
「おはようございます」
 だって。

 これって……、
 寝惚けてるよね。かえって。

 じゃあ、クリスちゃんはどうした?、っていうと――、
 寝てるままだ。
 それでいて、聞こえてるらしいような反応を、どことなく示していたりして。

 だって、ほら、
 すにこの方に、顔を向けようとしてるよ……、

 ……。

 ――向かないなぁ。
 時間、かかるなぁ。

 ……。

 ――あぁ、向いた向いた。
 良かった良かった。

 すにこの方を、やった向いたクリスちゃん、
「おはひょうごじゃいまひゅ」
 とか言った。

 それから……、

 べちょ。

 ――あ。

 ……。

 ――たぶん……、だけどね。
 僕が思うに、だけどね。

 クリスちゃんも、お辞儀をしようとしたはず。

 でも、
 頭を下げていった、クリスちゃん。
 上半身のかたむきが、ある角度を過ぎたあたりから、「下げる」が「下がる」になった感じでね。

 顔から、突っこんでったよ。
 おフトンに。
 べちょ、っていうのは、その音ね。

 それで、
 そのまま、動かなくなっちゃった。

 寝惚けてるとかってレヴェルじゃないぞ、これ。

*

 さて、と……。

 ……。

 うん……。
 判ってるよ。

 忘れてる、ってわけじゃないよ。
 ちゃんと認識してるよ。

 ここにいない、ってわけでもないし。
 ちゃんと、いるし。

 そう……。
 もうひとり、いるよね。
 僕らのパーティには、さ。

 つまり――、
 どりりんが、ね。

 どりりんは、どうしてるのか、っていうと……、

 ……。

 寝てる。
 まだ寝てる。

 ……。

 できれば、このまま、そっとしておきたい……。

 ……。

 とは、いえ……、
 本当にこのまま、放置してしまうことはできないんだって、僕たちは知ってるから……。
 避けては通れないことなんだから……。

 だから。
 ここで僕は、どりりんのことについて、触れようと思う。

 ……。

 ――あのね?
 どりりんって、ね?
 どりりんの寝起きって、ね?

 ……。

 僕のこんな口振りで、だいたいのところは、とっくに察してくれてることだろうけど……。

 ……。

 えっと……。
 控えめに言うよ?
 これはあくまで、控えめ、の話だよ?

 どりりんの寝起きって――、
(激しく良くない……)
 これであった。

 ……。

 ――え?
「どこが控えめか」?
「ムジュンしてる」?

 違うんだよ……。

 本当に、控えめなんだよ、これでも。
 恐ろしいことに、ムジュンしてないんだよ、これが。

「控えめに言って、激しい」んだよ。

 言った通りに受けとってほしい。
 疑わないでほしい。

 信じられないのは、
 ――信じたくないのは、
 むしろ僕たちの方なんだからさ。

 ――え?
「じゃあ、控えめでなく、ストレートに言ったら、どうなる」?

 うーん。
 ……言えないなぁ。

 ――うん?
 あ、違う違う。
 違うよ。そうじゃない。

「ストレートに言っちゃったら、後でどんな目に遭わされるか知れたものじゃない。本当は知れてるけど、知りたくない。どっちにしても、だから言えない」とかじゃない。

 そういう部分もあることは、指定しないけどさ。
 ここでは、違う意味なんだ。

 ここでの意味は、もっと単純。
「あの状態を言葉で表現するなんて、無理」。
 そういうこと。

 言い換えれば、
「言葉で表現しようとすると、どうしたって、『控えめ』なことになってしまう」。
 そういうこと。

 ほら。
「気持ちは、それを言葉にした途端に、嘘になる」って言うよね?
 言わないかな?
 言うってことにしとこうよ。
 とにかく、それみたいな感じ。

 ――めちゃくちゃなんだよ? どりりんの寝起き。

 僕たち、よく生きてるなぁ、って思うくらい。

 ……。

 ――え?
 あぁ……、うん。
 まぁ、ね。実を言うと、そう。

 少し大げさには、言ってみた。

*

 さんざんに書いておいて(でも、捏造はしてないからね?)今さらだけど、どりりんの名誉のために、つけ加えておこうと思う。

 どりりんは寝起きが悪くて、暴れる。
 これは、確かなこと。

 ――そういえば。
 すにこが早起きなのも、意外なことだけど、どりりんの寝起きが悪いのも、意外なことだよね。
 血圧、僕たちの中で、一番高そうなのにさ。

 ともあれ。
 どりりんが暴れるのは、確かなことで。

 けど……、
 そこにわざわざ、火に油をそそぐひとがいる、っていうのも、
「暴れる」を、「大暴れする」に、ブーストアップさせちゃうひとがいる、っていうのも、
 これもまた、確かなことなんだ。

 ――うん。
 正解だよ。それで。

 そう。
 すにこ。

 すにこがね。
 寝起きのどりりんに、要らないことをするんだよ。
 それで、どりりんに火がつく。
 大変なことになる。

 ただ……、
 じゃあ、悪いのはすにこか、っていうと、あながち、そうとばかりも言えないんじゃないかな、って、これは僕の意見。

 だって、さ。
 どりりんに刺激を加えよう、ってすにこが動き出すのは、
「そろそろ本当に起きなよどりりん、置いてっちゃうよ?」
 ――って頃、だからね。

 すにこが要らないことをするからこそ、状況は打開される。
 それはいわば最後の手段。
 それはいわば荒療治。

 そういう見方も、できるし。

 ――なんて、今度はすにこのフォローに回ってもみつつ。

 それでも。
 それでも、ね。

 すにこはちょっと、やりすぎるから。
 フォローしてばかりも、いられなかったりして……。

 ――あ。
 すにこがイタズラ、始めた。

*

 すにこが、どりりんの肩を揺すぶってる。

 ――え?
「普通だ」?

 まぁ、最初だから、ね。
 最初の内は、いつも、普通なんだ。

 普通な間に、どりりんが起きてくれたら、僕たちの朝はどんなに平和に始まることだろう、って、いつも思う。

 でも、ダメ。
 その願いが叶ったこと、ない。
 僕らが空に夢見た理想の朝は、すにこの起こし方では届かない。

 どりりんは起きない。

 どりりんが起きない――と、
 すにこの行動は、エスカレートする。

 ――ほらほら。
 言ってるそばから……、
 すにこ、どりりんのほっぺたをつんつん、やりはじめた。

 ――わ。
 鼻をつまんだぞ。

 ――うは。
 耳を倒して、「ギョウザー」とか言ってる。

 ――えぇえ。
 唇を……、
 どう言ったらいいのかなぁ。
 指先で、びろびろびろ、って続けざまに弾く、みたいなこと。

 ――ちょ。
 ちょっとそれは。

 すにこ、ベッドによじ登った。

 添い寝する気?

 ――わわわ。
 したした。
 した、添い寝。

 ――って。
 あぁあ。
 どりりんの耳に、すにこ、唇を……、
 すっごい近づけた!

 何するつもりだろ……、

 まさか、
 ちゅー、とか?

 まさかまさか、
 噛む……、とか?

 ……。

 ――あれ?
 違うなぁ。
 何か言ってるだけだ。
 ささやいてるだけだ。

 何なに……?

「お寝坊さんは、襲っちゃうぞー」?

*

 そして。
 すにこに耳を、ふーっ、ってされて、

「ひゃあっ!」

 とうとう飛び起きる、どりりんだった。

 真っ赤になってる、どりりんだった。
 なんか、ふるふるふるえてる、どりりんだった。
 半泣きになってる、どりりんだった。

 それを見てて、
 あーあ、と思う僕だった。

 ダメだ。
 もうダメだよ。
 すにこは、おしまいだよ。

 そう思う、僕だった。

 というのも――。
 今はどりりん、ああしてテラー状態、おびえて動けない、みたいになってるけどさ。

 すぐ、回復するからね。
 そしたら、暴れ出すからね。

 大暴れするからね。

 大丈夫かなぁ……。

 この部屋とか。
 すにこの命運とか。

*

 それにしても――。

 すごいよね、すにこって。

 何度も何度も、どりりんに要らないことを言ったりしたりしては、痛い目に遭わされてる、っていうのに、全然懲りないんだから。

 すごいよね。

 あの不屈さは、見習うべき……、
 なのかなぁ。

 違うか。やっぱり。

*

 ところで。
 最後に、ひとつだけ、指摘しておこうと思う。

 すにこは、確かにすごい。
 しかし。
 実をいうと今、僕たちは、すにこ以上にすごいひとを、発見できちゃう場面にいるんだよ。

 そういうことを指摘して、締めくくりとしようと思う。

*

「すにこ以上にすごいひと」。
 誰か、っていうと――、

 クリスちゃん。

 じゃあ、
 クリスちゃんの何が、そんなにすごいのか、っていうと――、

 クリスちゃんてば、ね。
 べちょっ、ってうつぶせだった。

 それが、
 すにこの、例の、どりりんへのささやきを聞くやいなや……、

 がばっ、と起きあがって、
 あんなに細かったその目が、ぱっちり、開いてて、
 覚醒してて、

 覚醒してる、っていうのに、

 ベッドに逆戻りして、
 おフトンにもぐりこんで、

「ぐうぐう……」
 っていびきを、口で言って、

「うーん、くりすけはお寝坊さんでーす……」
 って寝言を、

 はきはき、しゃべった。

 ――どう聞いてもタヌキ寝入りです。
 ――本当にありがとうございました。

 ね?
 すごいでしょ、クリスちゃんって。

 襲われたいのかいっ、だよね。

 僕、いっそ、感動すらしたかもだよ。