DOWN TO HEAVy greEN 09

■ ダークハンター・どりり・りり(続き)

 まぁ、何にしても――と馬鹿は言う。

「広場をグルグル回ってた理由……、判ってはもらえたみたいで、良かった。
 じゃあ、続きを……」

 まさにそのグルグル歩行を再開しようとしているのだろう、言いながら踵を返す馬鹿を、しかし、私は引き止める。

「待ちなさい」

 すると、
 馬鹿は足を止め、
 ゆっくりと、再びこちらを振り返り、

 そして、
 視線を下げた。

 馬鹿は、自分の胸元を見ている。

 ――何だその行動。

 何故だ。
 意味不明だ。

「何してるのよ」
 問うと、
「ん」
 馬鹿は顔を挙げて、答えた。

「いや……、タイが曲がってるのかしらー、と」

「あんた、タイなんかしてないじゃない」
「そうなんだけどね」
 馬鹿はあいまいに笑った。
 何なのよ、馬鹿。

*

「それで」
 タイ捜しはあきらめた様子――そんなもの、そもそも最初からありはしないというのに!――の馬鹿が、その次に見せたのは、
「どうしたっていうの?」
 という、何かを疑問に思う様子だった。

「話は終わったんじゃないの?」。
 そんなところだろうか。

 冗談じゃない。

「どうしたもこうしたも」
「私たち、合意に至ったんじゃ……、なかったっけ?」
「至ってないわよ、まだ」

 少なくとも、完全には。

「?」
「広場をグルグルしてた理由については、納得した。
『私たちは未熟すぎる。奥に進む前に、強くなっておくべきだ』。
 ――私も、その通りだと思う」
「なら、やっぱり合意してない?、私たち」
「待ちなさいってば」

 ここで、馬鹿がまた、下を見る。
 私としては、ツッコまざるをえない。

「――ないものを捜すなというに、馬鹿」
「次からは結んでくることにしよう」
「要らないわよ馬鹿」

 話がなかなか進まない……。

 この馬鹿のせいだ。
 そんなに、堂々巡りが好きか。
 冒険も、会話も。
 馬鹿。

「そんなことはどうでもいいのよ馬鹿」
「まったくもって、ね」
「うなずくな馬鹿。他人事みたいに認めるな馬鹿」

*

「――で? 結局、何が納得できないの?」

 展開の遅滞について、その原因が主に自分にあることについて、特に気に病むような態度を見せない馬鹿なのであった。

「……」

 私のひとり相撲か。
 ノレンに腕押しか。
 一番馬鹿なのは、そんな馬鹿に向かって、一生懸命に馬鹿馬鹿言ってる、この私か。そういうことか。

 悔しい。
 うぅ……。

「――だ、か、ら……、ね?」
「うんうん」
「二回うなずくな馬鹿」

 罵倒を我慢できない私だ。
 修行が足りない、ってやつか……。

 こんな修行、クリアしたくはないけど。

 ――そんなことを考えてる場合か。

 私は元の話題に戻る。

「だから……、
 グルグル回ってた理由は、判った。
 でも……、ね。

 歌って騒いでた理由が、まだ判らない」

 このままでは、納得できない。

 ――あの、いたたまれなさ。
 ――あの、恥ずかしさ。
 ――聞かされた、失笑。
 ――受けとめさせられた、好奇の視線。哀れみの視線。

 納得、できない。
 理由が欲しい。
 あんな目に遭わなければならなかった理由が。

 これでも合意に至っているっていうのか馬鹿、と。

*

 それは、と馬鹿は、指を1本立てた。人差し指だ。
「歌って騒いでた理由――、その1」

 私は少し驚く。

 理由が、複数ある……?
 いくつもの理由があって、そのために、実行されなければならなかった……?
 あの歌には、そんな重要な背景があった……?

 待てよ。
 まだ、感心するには早いぞ。

 この馬鹿のことだ。
「その1」のみで終わりになってしまう可能性がある。
 ――うん。
 いかにもありそうなことだ。
「だったら『その1』とか言うな馬鹿」とツッコむ自分の姿が、今から目に浮かぶようじゃないか?

 たとえ本当に複数あったとしても、だ。
 その時はその時で、「その2」以降に提示される理由は、付け足しのような、苦しまぎれの思いつきのような、たかが知れてるものばかりだったりするに違いない。
 何しろ、この馬鹿の言うことなのだから。
 こちらの場合も、ツッコミの文句はやっぱり、「だったら『その1』とか言うな馬鹿」で充分だろう。

 よし。
 臨む姿勢は決定された。

 聞こうじゃないか。

 どちらのケースにしても、「その1」については、聞く価値はあるだろうし。少しくらいは。

 聞いてやろうじゃないか。

 ――私はうなずいてみせ、先をうながす。
 馬鹿もうなずいた。
 で、言った。

「理由その1――、
 歌っていた方が、楽しい」

 私は転んだ。

*

 この間から、転んでばかりいるような気がする。

 要するに――。
 私が、甘かった、と。
 馬鹿を舐めていた、と。
 舐めてしまっていた、と。
 どこかで期待してしまっていた、と。

「その1」からして、既にロクでもないコトな、可能性。

 真っ先に考えるべきは、コレだったのだ。
 それなのに……、
 愚かにも、価値を求めてしまった、と。

 私は教訓を得た。
「馬鹿の、その馬鹿っぷりは、これを舐めてはいけない」。

 ――例の、「大丈夫?」から始まり、「いぐざくとりー」に続いて、「馬鹿!」で締める一連のアレを、また繰り返すことになった。

 繰り返して後、立ち直った私は、
「それが一番の理由か馬鹿」
 と言ったのだけれど、言われた馬鹿と来たら、なんと、
「ええー」
 不満そうな声をあげたのである。

 文句を言える立場か、馬鹿。

「何が『ええー』よ馬鹿」
「だって」
「『だって』じゃないわよ馬鹿」
「楽しくない? 歌うの」
「楽しくないわよ馬鹿」

 ここで、横から、「僕、楽しかったけどな。歌うの好きだし」だの、「私は、騎士さまと一緒ならそれだけで楽しいです」だのといった意見が聞こえてくるも、流し目一撃で沈黙させる私だった。

 そんなちびっこどもについては、置いといて……。

「でも……」
 馬鹿の声がして、視線を戻す。
「『でも』、何よ馬鹿」

「でも、5人からのパーティがさ。
 ひとつの広場を、無言で、ひたすらグルグル回り続けてたら……、怖くない?」

 ぐっ、と私は言葉に詰まる。
 それは、まぁ、確かにそうだけど……。

 ――うなずきかけてしまった、自分が悔しい。

「確かに、そうだけど!」
「『そうだけど』?」
「だからって……、歌って歩くってのはどうなのよ馬鹿」
「どう、って……」
 馬鹿は首をかしげた「だから、『楽しい』?」
「疑問形で言うな馬鹿」
「じゃあ……、『楽しい』」
「わざわざ言い直さなくていいわよ馬鹿。どっちにしても楽しくなんかなかったんだし馬鹿」
「そう?」
「そうよ馬鹿」
「では、理由その1は、お気に召さなかった、と」
「召すか馬鹿」

「それなら――」
 馬鹿は、指をもう1本、立てた。「理由その2」

 その、立った指が――、

 小指。

「中指でしょ普通は!」
「『キツネ』」
「『キツネ』じゃないわよ馬鹿! ――どうしてこんなむなしい会話してなきゃなんないのよ馬鹿!」
「本当に、ね」
「だから他人事みたいに認めるな馬鹿!」

*

 さておき、と馬鹿は、キツネの手をしたまま言う。
「理由その2」

「――む……」

 どうやら、理由はちゃんと、複数あるらしい。

 とはいえ……、
 もう騙されないぞ。

 筆頭の理由ですら「その方が楽しいから」だったのだ。以降に挙げられてくるもののロクでもなさなど、推して知るべし、であろう。

 きっと、とんでもないくらい、ロクでもないに違いない。
 いっそ、恐ろしいくらい、かも。

 だから、
 馬鹿を舐めないように。
 馬鹿に期待しないように。

 そうだ。
 私は学習したのだ。

 私は身構える。

 馬鹿は言った。

「理由その2――、敵を追い払うため」

*

 そうか……。

 今回は、私は転ばなかった。

 それどころか――、
 最初に湧いてきたのは、意外にも、しみじみ、といった方向の感情だった。

 あぁ……。
 なるほど、ね……。
 と。

「――あのさ」
「うん?」
「私たちって……、さ」
「うん」
「とりあえずは経験値稼ぎをしよう、ってことで、広場をグルグル回ってたのよね?」
「うん」
「……」
「それで?」
「……」
「それが?」
「……」

 そうか……。
 こいつは、本当に、本物の、馬鹿だったんだな。
 あぁ……、
 私は――私の認識は、まだまだ、甘かったんだな。
 なるほど、ね……。

 しみじみ、そう思った。

 そう思ってから、
 私は叫ぶ。

「だったら敵追い払ってどうすんのよ馬鹿!」

                      (まだまだ続く)