DOWN TO HEAVy greEN 05

■ レンジャー・すずめ

 世界樹の迷宮の中には、「樹海磁軸」なるものが、あるという。

 それは、それが存在する地点の周囲の空間をゆがませるというか、スキマを開けてしまうというか、「通路」をつなげてしまうというか、要するに「それ」系の状態を引き起こすもの。

 直接には行き来できるはずのない場所と場所と――例えば、迷宮の奥深くと、この街中と、みたいな――を、しかし、にもかかわらず、あたかも隣接するマス目どうしのごとくに、「くっつけて」しまうもの、

 そして。
 どうしてそんなことが可能なのか、そもそも、どうしてそんなものが存在するのか、詳細はまったくの不明である、というもの。

 もの――、なのだそうだ。
 私はまだ、自分の目では、見たことがない。
 だから、伝聞だ。

 でも。
 たとえ伝聞であっても、想像することはできる。

 便利なんだろうなぁ、と。

 本来なら、延々と歩いてたどりつくしかない、その場所。
 その道中、迷宮の住人との戦闘は避けられない。
 時には、とんでもないのに襲われることも。

 それが。
 一瞬で。

 便利なんだろうなぁ、と思う。

*

 さて。
 どうしてこんな話を始めたのか、というと――。

「樹海磁軸」は迷宮内部に発生しているものなんだけれど、別に、「内部」に限った話にしなくてもいいんじゃないかな、と思ったからだ。

 迷宮の上に建っている、この街の中に発生したとしても、それをおかしいと言えるひとはいないだろうな、と思ったからだ。

 何しろ、理屈の判っていない現象なんだし、と思ったからだ。

 つまり。
 一緒に迷宮に潜るメンバを募集している求人票を、見つけて、
 それには、「パラディン、ダークハンター、メディック以外なら誰でも」とか、何だかいい加減な条件が書かれていて、
「娯楽の殿堂」とか「淑女の社交場」とか、よく判らないことも書かれていたりして、
 なんか、「可愛い子歓迎」って文字が線で消されていたりもして、

 私はレンジャーだから、とりあえず条件には合うなぁ、とは思って、
 でも、おかしいな、あやしいな、やめとこう、とも思って、
 それは、普通の判断で、
 ただ、本当に、あやしい目的のためなら、こんなふうな体裁にはしないんじゃないかな、とも考えて、

 興味本意で、好奇心本意で、指定された場所・宿屋に来てみて、
 求人票に書かれた部屋番号と、ドアに書かれた番号とを照合して、確認して、
 ノックして、
「どうぞー」と言われて、
 ドアを押し開けて、

 すると、

 その部屋の中では、ロープでグルグル巻きにされた女の子が、天井からぶら下がっていました。

 私は、開けたばかりのドアを、閉めた。

 どうして磁軸の話を始めたのかといえば――、
 現在、こういう状況下にある私、だからだ。

*

 磁軸だ。
 磁軸に違いない。
 ちょうどこのドアのところに、磁軸が発生しているに違いない。

 だってそれ以外に説明がつかないじゃないか。

 そうでなくて、どうして、当たり前にドアを開けただけなのに、当たり前でない光景に出迎えられる、なんてことが起きるかな?

 異空間につながってしまっているのだ。
 この宿屋は。
 このドアは。
 今。

 ――早く、逃げなきゃ。

 取りこまれないうちに。
 逃げ出せるうちに。
 手遅れになる、前に――。

 磁軸と化してしまったらしいドアが、開いた。

「待って待って待って」

 そこには、背の高い、金髪の女のひとが立っていた。
 そのひとは、微笑を浮かべて、言った。

「求人票見て、来てくれたのよね? ありがとう」

 その唇の角度は、
 ……完璧、だった。

 私は、どきっ、としてしまった。
 足が、動かなくなる。

「どうぞどうぞ、入って入って、大歓迎」

 彼女は、あくまでもにこやか。
 部屋から、するりん、と出てきた。

 何が「するりん」かって、
 彼女は移動したのだ。
 室内から廊下へ、私の背後へと。

 ――戸口には私が突っ立っていて、
 障害物のように、なっていたというのに。

 やっぱりだ。
 磁軸だ。
 ゆがんでるんだ、何かが。ここは。

「まぁまぁ、お話だけでも」

 耳の後ろから、彼女の声。
 肩に、彼女の手。

 軽く押された。

 私は、一歩前に、踏み出す。
 されるがままに。
 問題の部屋の中に向かって。

 ――あぁ……。

 遅かったみたいだ。
 私は既に、つかまってしまっていたみたいだ。

 残念。
 私の人生は、ここで終わってしまった。
 少なくとも、普通の人生は。

 これは、そういうことなんだろうなぁ。