DOWN TO HEAVy greEN 02

■ ダークハンター・どりり・りり

 実を言うと、呼ぶ声があることには、気がついていた。
 それに私は応えなかったんだけど、何もこれは別に、ことさらに無視しようとして、そうしていたんじゃない。

 ただ。
 その「呼ぶ声」とは、「『他の誰か』を呼ぶ声」ではなく、「『まさにこの私』を呼ぶ声」である――。
 そうだとは、考えてもみなかった。
 単に、それだけのことだ。

 誰か、違うひとを呼んでいるのだろう――。
 そう思い込んでいた。
 それだけのことだ。

 要するに、名前が違ったのである。
 私の名前は、トーコ(誰だ?)でも、エリコ(誰だ?)でも、ファインでもレインでもユーミルでもアーチャーコ(だから誰だ?)でも、ない。
 だから、返事をしなかった。
 それだけのことだ。
 それだけだが、当然のことだ。

 しかし。
 呼びかけの声は、延々――、
 延々と続いた。
 続きまくった。
 まくりにまくった。
 馬鹿みたいに。
 私の、すぐ後ろで。

 いい加減、うるさくなってきて、私は、様子を見てみることにした。
 呼び続けているのは、一体どんな馬鹿なのか、
 それでも返事をしないのは、一体どんな馬鹿なのか、
 ちょっと顔を見てやろうと思ったのだ。

 店内を見回すふりをしつつ、ちらり、視線を椅子の後ろに投げようとして――。

 すると、
 後ろにいたひとと、ばっちり、目が合ってしまった。

 そのひとは何故だか、何についてか、ひとり、納得した様子で、
「そっか……」
 と言った。

 その声は、
 さっきからの「呼ぶ」声と同じもので、
 つまり、
 このひとが――、

 もとい。

 こいつが、
「馬鹿」
 だったのだ。
「馬鹿」は、こいつだったのだ。

 ということは……、である。
 後ろを見た途端に、この「馬鹿」と目が合った、合ってしまった、ということは……、である。

 その「馬鹿」が呼びかけていた相手とは、他ならぬ、この私。

 そういうことになるわけだ。

 そうなると……、である。

「呼びかけられまくっているのに、それでも返事をしない馬鹿」というのも、他ならぬ、この私。

 そういうことにも、なるわけだ。周りのひと的には。

 ところで……、である。

 この時、脳裏をよぎるものがあって、それは、「好奇心、猫を殺す」というコトワザ。

 そういうことにも、なったりしたわけだ。ワタシ的には。

 わけだ、が。
 しかし。

 それらはみんな、どうでもいいことだった。
 みんなみんな、些細なことだった。

 この後の展開に比べたら。

*

 ――その「馬鹿」は、パラディンの格好をしていた。

 パラディンのくせに馬鹿なやつというか、
 馬鹿のくせにパラディンなやつというか、
 どっちにしても――、
 その「馬鹿」は言った。

「オチョーフジン、パーティ組まない?」

 正直なところ、この申し出そのものは、渡りに船というやつではあった。
 どうやらこの「馬鹿」がそうであるらしいように、私もまた、一緒に迷宮に潜ってくれる人材を求めて、この酒場に来ていたのだから。

 しかし。
 しかし、である。
 いかに、たとえそうであっても、である。

 誰でもいいわけじゃない。

 いや、基本的にはそうなんだけど。
 選り好みも贅沢も、しないつもりでいたけど。
 でも。
 それでも。

 馬鹿はイヤだ。
 馬鹿とパーティを組むのはイヤだ。
 それはイヤだ。
 それだけはイヤだ。

 これは選り好みか? 贅沢か?

 だって……、
 死ぬよ?
 馬鹿と行動をともにしてると、生き残れないよ?
 文字通りの意味で。

 しかも、だ。
 そもそも誰なんだ、「オチョーフジン」ってのは。
 まさか、私のことなのか。
 私は「オチョーフジン」でもないぞ。

「――オチョーフジン、じゃないの?」

「馬鹿」は首をかしげた。
 金髪が、さらっ、とこぼれて、それは綺麗だと思ったけど、

「違う」
「けど、『オチョーフジン』って呼んだ時に、こっち向いたよね」

 あぁ……。
 さっきの納得顔。それで、か。
 それで、「私=オチョーフジン」という等式が成立した、と思って、だからあんな顔を。
 そうか。
 ふーん。

 やっぱり馬鹿だわ、こいつ。

「……呼ばれて向いたんじゃない。しゃべり続けてるヤツがいるから、うるさいなぁ、と思って、それで見ただけ」
「あぁ、なんだ。そうなんだ」
「そうなの」
「そっか……」
「そう」
「じゃあ――」
「うん?」

「パーティ組まない?」

 私は転んだ。
 椅子から転げ落ちた。
 どうしてそこでフリダシに戻るんだ。脈絡がなさすぎる。
 こいつは、本当に馬鹿なんだ。

 とは、いえ。
 椅子に這い登りながら、私はこうも、思ってしまった。

 ちょっと面白かったかな、とも。

 興味を惹かれてしまったのだ。

 馬鹿は、私も、か……。

 まぁ、この「馬鹿」ほどではないにしても。
 ……そう思いたい。